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すると、その時だった。最後の段ボールを運び終えた多々良君が、下へ降りてきた。
「じゃあ、僕は戻ります」
「あれ?」
私は少し驚く。
「もう?」
「次の現場があるので」
申し訳なさそうに笑う。広報担当は忙しいらしい。恵介君も立ち上がった。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ」
多々良君が手を振る。
「またナレーションの件で連絡します」
「よろしくお願いします」
穏やかな挨拶だった。そして、多々良君は玄関へ向かう。私たちも見送りに出た。またねと。今日はルークのこと紹介できたからよかったと思った。彼氏ができたことは伝えてあったが、紹介がまだだった。多々良君は本当にいい人で、喜んでくれた。
そして、数分後のことだった。玄関のドアが開く。ちょうど入れ違いになる形で、一人の男性が姿を見せた。私は思わず目を丸くする。
「ユリウスさん?」
明るい茶色の髪の毛に、透き通るような青い瞳。冬の光を受けて、まるで絵画みたいに見えた。ユリウスさんだった。コートを脱ぎながら微笑んでいる。
「こんにちは」
穏やかな声だった。その瞬間、リクが猛ダッシュした。
「わっ!」
ユリウスさんが少しよろける。でも、リクは構わない。尻尾を振りながら飛び付こうとしている。
「リク!」
健吾さんが慌てる。
「やめなさい!」
しかし、遅かった。ユリウスさんはリクから押し倒されるようにして床に座り込み、顔を舐められて、動けなくなっていた。私は吹き出しそうになる。すると、ユリウスさんが笑った。
「大丈夫だよ」
そう言いながら、リクの頭を撫でる。リクは完全にご機嫌だった。
「相変わらず好かれるな」
健吾さんが感心したように言う。その時、恵介君が前へ出た。
「こんにちは」
少し緊張した様子だ。ユリウスさんが微笑む。
「体調はどう?」
その一言に、恵介君の表情が少しだけ和らいだ。
「大丈夫です」
「そうか」
ユリウスさんは安心したように頷く。そして、その青い瞳が、部屋の中を見渡した。荷物。段ボール。集まった人たち。状況をすぐに理解したらしい。
「賑やかだね」
小さく笑う。その言葉に、私も思わず笑ってしまった。たしかにそうだ。記者騒動の避難先とは思えないほど、この家は賑やかだった。そして、その賑やかさが今は少しありがたかった。
ユリウスさんがリクの頭を撫でていると、再び玄関のチャイムが鳴った。
「あら、今日はお客様が多いわね」
佳代子さんが笑う。健吾さんが玄関へ向かおうとした時だった。ドアが開く。
「こんにちは」
聞き覚えのある声だった。私は思わず顔を上げる。
「六槍君!」
そこに立っていたのは六槍君だった。黒いコートを着ている。すらりとした長身。整った顔立ち。相変わらず目を引く人だった。そして、地球人ではない。クレアという星に祖先を持つ『レプ』という種族だ。六代前に地球へ移住してきた家系で、六槍君自身は日本で生まれ育った。見た目は完全に人間である。戸籍もあるし、学校も普通に通ってきた。
けれど、レプには独特の特性があった。定期的に人間のエネルギーを摂取しなければならないのだ。首筋へ唇を寄せるようにして、人間の身体を包むオーラを分けてもらう。血を吸うわけではない。匂いを嗅いでいるように見えるだけだ。ただし、相性が重要らしい。合わない相手から無理に吸うと、その人が寝込んでしまうこともあるという。だから六槍君は、いつも決まった相手から分けてもらっていた。プラセルコーポレーションの如月常務。それから、圭一さん。その二人が主な協力者だ。そして、ルークとも顔見知りだった。
「久しぶり」
ルークが手を上げる。六槍君も軽く手を振った。
「元気そうだね」
「そっちも」
妙に自然な挨拶だった。種族も出身も全く違うのに、二人は不思議と波長が合うらしい。以前からそんな印象があった。六槍君は玄関に置いていた大きな紙袋を持ち上げた。
「恵介君」
名前を呼ばれた恵介君が顔を上げる。少し驚いた顔になる。
「六槍君」
「見舞いを持ってきた」
そう言って紙袋を差し出した。
「プラセルのブランドから選んだ。服だよ。気分転換になるだろう」
「ありがとう」
そう言って袋を開く。中から綺麗に畳まれた服が現れた。ニット。シャツ。カジュアルジャケット。どれもプラセルらしい上質なデザインだ。しかも、恵介君に似合いそうな色ばかりだった。恵介君が慌てる。
「こんなに貰えないよ」
「貰って。一貴さんも選んだんだ。今年はうちの仕事を受けてくれるんだろう?」
「うん」
「だったら、遠慮はいらないよね」
六槍君が強引に差し出した。笑顔だった。その空気に、恵介君もつられて笑う。久しぶりに見る自然な笑顔だった。すると、リクが近寄ってきた。興味津々な顔で六槍君の匂いを嗅ぎ始めた。
「ん?」
六槍君が見下ろす。リクは尻尾を振っている。今日はたくさんお客さんがいるから、匂いを嗅ぐのに忙しいだろう。六槍君は少しだけしゃがみ込んだ。頭を撫でる。すると、リクが大喜びした。その様子を見ていたルークが、ぼそっと言う。
「動物に好かれるって、いいなあ。リク、僕には懐かないんだ」
「そんなことはないでしょう?」
「ううん。リクは僕のことを警戒している」
「僕もそうだよ。最初は、なかなかそばに来なかった」
六槍君が苦笑した。匂いで感じ取るのかもしれない。地球人と何かが違うと。ルークも六槍君もリクのことが好きなのに、寄ってきてくれなかった時期があるから、寂しそうにしているのを見たことがある。でも、今は大丈夫だ。私たちは交互にリクのことを撫でて、ほっと一息ついたのだった。




