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ファーストコンタクト~私の宇宙人彼氏はお金を出さないけど、光を降らせる~  作者: 夏目奈緒


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9-21

 すると、その時だ。車内へ、新たに着信音が響いた。瀬名さんがすぐに通話へ出る。


「はい」


 数秒後、その表情が少しだけ和らいだ。


「分かりました」


 通話が終わる。全員の視線が集まった。


「霧島さんです。記者が少し引いたそうです」


 私はほっと息を吐く。ようやくか。長い一日だった。


「今なら入れそうだそうです」


 玲司さんが頷いた。


「じゃあ、行こう」


 車が再び動き出す。マンションまでは、もう数分だった。私は窓の外を見つめる。冬の夕方だ。街には仕事帰りの人たちが増え始めている。誰もが自分の日常を生きている。その当たり前の光景が、今日は少し羨ましく見えた。その時だった。


「……瀬名さん」


 恵介君が小さく声を上げた。私は顔を上げる。恵介君は後ろを見ていた。瀬名さんもルームミラーへ視線を向ける。そして、眉を寄せた。


「来たな」


 低い声だった。私も振り返る。後方から数台の車が近付いてきていた。一台ではない。二台。三台。そして、四台。そのうちの一台の助手席から、カメラのレンズが見えた。ぞっとする。


「追ってきてる……」


 思わず呟いた。瀬名さんが短く頷く。


「気付かれましたね」


 車間距離が異様に近い。ぴったり後ろについている。撮影しているのも分かった。フロントガラス越しに、こちらへレンズが向いている。パシャパシャという音が聞こえる気がした。実際には聞こえないはずなのに。そう感じるほどだった。


「本当にすごいな……」


 玲司さんが苦笑する。感心しているような声だった。


「よく見つける」

「仕事ですからね」


 瀬名さんが答える。でも、その顔は笑っていなかった。恵介君は黙っている。膝の上で握られた手だけが、少し強く力んでいた。私は胸が痛くなる。いつまで続くのだろう。この追いかけっこは。


 車はマンションへ近付いていく。もう目の前だった。エントランスへ続く車寄せが見える。


「準備して」


 瀬名さんが低く言った。空気が一気に引き締まる。玲司さんが頷く。私は荷物を持った。ルークだけが静かだった。窓の外を見ている。その横顔は妙に冷静だった。そして、車が停止する。


「行きましょう」


 瀬名さんの声と同時だった。全員が動いた。ドアが開く。冷たい空気が流れ込む。


「恵介さん!」


 どこかで声が上がった。記者だ。後ろから走ってきている。


「こっちだ!」


 霧島さんがエントランス前に立っていた。スーツ姿のまま、周囲を警戒している。その横にはセランエージェンシーのスタッフが数人いた。


「早く!」


 その声で、全員が動く。恵介君を中心に囲む形になる。前に霧島さん。横に瀬名さん。後ろにスタッフ。

私は玲司さんと一緒に脇へ寄った。


「恵介さん!」

「一言だけ!」


 記者たちが近付いてくる。カメラが向けられる。フラッシュが光る。私は反射的に目を細めた。怖い。まるで獲物を追うみたいだった。


「通してください!」


 霧島さんの低い声が響く。そして、私たちは、そのままロビーへ入った。自動ドアが閉まる。ようやく外の声が遮断された。私は大きく息を吐いた。でも、終わりではなかった。ロビーにも数人残っていたのだ。ただ、外よりは少ない。霧島さんが前へ出る。


「失礼します」


 低い声だった。スタッフたちが通路を作る。その間に、恵介君をエレベーターへ誘導する。まるで避難訓練みたいだった。エレベーターの扉が開く。


「乗って」


 瀬名さんが言う。恵介君が中へ入る。私たちも続いた。そして、扉が閉まる。ようやく静かになった。誰もすぐには喋らなかった。エレベーターが上昇を始める。数字が一つずつ増えていく。その時だった。瀬名さんがぽつりと言った。


「ここも出ないといけなくなるな」


 静かな声だった。私は顔を上げる。その意味は分かった。マンションの場所が知られた。待ち伏せされる。住民にも迷惑がかかる。そうなれば、引っ越すしかない。恵介君は少しだけ目を伏せた。そして、静かに頷く。


「……そうですね」


 否定しなかった。できなかったのだろう。私の胸が痛む。帰る場所まで失う。何も悪いことをしていないのに。


「ごめんなさい」


 恵介君が小さく言った。すると、瀬名さんがすぐに首を振った。


「謝るな。君のせいじゃない」


 恵介君が黙る。瀬名さんが続けた。


「住む場所なんて、どうにでもなる」


 その言葉は、力強い優しさだった。


「でも、君は一人しかいない」


 エレベーターの中が静かになる。私は思わず目を伏せた。恵介君も何も言えなくなっている。でも、玲司さんが言った。


「いいマネージャーだ」


 その場にいた全員が同じことを思っていた気がした。やがてエレベーターが目的の階へ到着する。扉が開く。ようやく帰ってきた。本来なら安心するはずの場所へ。けれど、今日という日は、まだ胸の奥に重たいものを残したままだった。


 私は降りていく恵介君の背中を見ながら思う。どうか。この騒動が、一日でも早く終わりますように。静かな廊下の向こうへ消えていくその背中に、私はそっと願いを重ねた。

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