9-12
13時。
この応接室には、静かな緊張感が漂っていた。重厚感のあるダークブラウンのテーブル。大きな窓から差し込む冬の光。壁には抽象画が飾られ、棚には最新家電の試作品が並んでいる。ホテルのラウンジのような、高級感のある空間だった。中央には、向かい合うようにソファーが配置されていた。そこへ、インタビュアーの男性が席につく。三十代後半ほどの、落ち着いた雰囲気の人物だった。
「それでは、本日はよろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします」
恵介君と伊神さんが頭を下げる。カメラが回り始めた。私はモニター横の席から、その様子を見守る。隣にはルークが座っていた。相変わらず飲み物しか口にしていない。けれど今は、さっきより静かだった。空気を探るみたいに、時折視線だけが動いている。
「今回のテーマは、“記憶に残る家電と仕事観”です」
インタビュアーが穏やかに切り出した。
「まずは、お二人の思い出の電化製品から伺えればと思います」
恵介君が少し笑う。
「僕、小さい頃に初めて自分専用のCDプレイヤーを買ってもらったんです」
「ああ、いいですね」
「すごく嬉しくて。寝る時もずっと枕元に置いてました」
その顔が少し柔らかくなる。
「音楽を聴きながら寝るの、今でも好きなんです」
インタビュアーが頷く。
「そこから感性が育っていった部分もあるんでしょうか」
「あると思います。音って、記憶と繋がるので」
恵介君の答え方は丁寧だった。少し緊張しているのは分かる。でも、誠実に話そうとしているのが伝わってきた。
「伊神さんはいかがですか?」
伊神さんが穏やかに微笑む。
「私はコーヒーメーカーですね」
「意外です」
「仕事を始めた頃、忙しくて余裕がなかったんです。でも、朝にコーヒーを淹れる時間だけは、ちゃんと取るようにしていました」
「ルーティンみたいなものですか?」
「ええ。一度落ち着くための時間でした」
落ち着いた声だった。言葉に無理がない。だから、聞いている側も自然と引き込まれる。
「仕事論にも通じそうですね」
インタビュアーが言う。
「お二人とも、かなり忙しい毎日を送られていると思いますが、仕事で大事にしていることはありますか?」
恵介君が少し考え込む。
「……ちゃんと人を見ること、ですかね」
「人を見る」
「はい。仕事って、結局、人との関係でできていると思うので」
その言葉に、伊神さんが静かに頷いた。
「恵介君は、そこが強みですよね」
「え?」
「相手の緊張を和らげるのが上手い」
恵介君が照れたように笑う。
「そんなことないですよ」
「ありますよ」
穏やかな空気だった。スタッフたちも安心したようにモニターを見ている。その時だった。応接室のドアが静かに開いた。ワタベ電機の社員らしい男性が、足早に入ってくる。その表情が硬い。私は反射的にそちらを見た。男性は、そのまま瀬名さんの元へ向かった。
「瀬名さん」
小声だった。でも、ただならない空気だった。瀬名さんが眉を寄せる。
「どうしました?」
社員がさらに声を落とす。何かを伝えた瞬間、瀬名さんの顔色が変わった。私は息を止める。
「……何人ですか?」
「十数名ほどです」
「そんなに……」
低い声だった。社員が頷く。
「一階エントランス周辺に集まっています。週刊誌の記者です」
私は心臓が嫌な音を立てるのを感じた。その瞬間、対談席で笑っていた恵介君の姿が、急に遠く見えた。
「まずいな……」
瀬名さんが低く呟く。
「どこから漏れたんでしょうか」
「分かっていません。ただ、SNSで“今日ワタベ電機にいる”という投稿が出ています」
私は無意識にルークを見る。ルークは静かだった。けれど、その目だけが冷えている。さっきまで私をからかっていた人とは別人みたいだった。
「帰りは裏口を使わせていただきます」
瀬名さんが言った。社員も頷いた。
「警備は増やしています」
「ありがとうございます。ちょっと事務所に電話をかけてきます。応援を呼びます」
そう言って、瀬名さんが立ち上がった。ここにいる記者たちは、ワタベ電機が信頼している人たちで、他に情報が漏れることはないのだという。恵介君の復帰を温かい目で見守っているのが伝わってくる。
けれど、外にいる週刊誌記者たちは違う。帰りは待ち構えている記者たちに写真を撮られないよう、交渉もしなければならないだろう。取材対応も拒否するはずだ。
私は胸の奥がざわつく。――だからだったのだ。ルークが、ずっと空気を警戒していた理由。ただの胸騒ぎではなかった。一方で、対談はまだ続いていた。
「お二人にとって、“仕事を続ける理由”を教えてください」
インタビュアーの穏やかな声が響く。恵介君が、静かに微笑んだ。
「……誰かに、“救われた”って思ってもらえた時ですかね」
その言葉が、妙に胸へ刺さった。私は玲司さんの方を見る。私も、何か手伝いたかった。記者対応だ。
初めての経験ではある。でも、メディア関係者と接したことがないわけではない。ファーストコンタクト関連で取材を受けたことはある。ただ、それは事前にアポイントが取られていたものだった。今回みたいな、突然の騒ぎではない。それでも、少しでも力になりたかった。
私は玲司さんと一緒に席を立った。廊下へ出ていく瀬名さんを追いかけるように。




