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ファーストコンタクト~私の宇宙人彼氏はお金を出さないけど、光を降らせる~  作者: 夏目奈緒


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9-9

 伊神さんは、一瞬だけ目を丸くした。でも、その次の瞬間だった。


「ふっ……」


 吹き出す。静かな笑い声だった。声を上げて笑うわけではない。ただ、肩を小さく震わせながら、上品に笑っている。大人の余裕みたいなものが、その仕草にはあった。


「すみません……。ちょっと、予想外で」


 その言い方が穏やかで、私は逆に恥ずかしくなった。


「ご、ごめんなさい……!」


 私は慌てて頭を下げる。


「この人、時々こういうこと言うんです!」

「紫乙」


 ルークが不満そうな顔になる。


「“こういうこと”ってなに」

「全部よ!」

「愛情表現なのに」

「場所を選んで!」


 私が小声で抗議すると、伊神さんがまた小さく笑った。


「気にしないでください」


 穏やかな声だった。


「なんだか、安心しました」

「安心……?」

「もっとこう、神秘的な関係かと思っていたので」


 伊神さんは苦笑する。


「普通に喧嘩するんですね」


 私は思わず黙った。たしかに、そうだった。宇宙人だのウォークインだの過去世だの、話だけ聞けば壮大なのに、実際はこうして口喧嘩ばかりしている。


 その時だった。ルークが、すっと伊神さんへ右手を差し出した。


「?」

「握手」


 伊神さんが少しだけ驚く。でも、すぐに柔らかく笑った。


「はい」


 静かに手を伸ばす。二人の手が重なった。その瞬間だった。空気が、わずかに揺れた気がした。私は反射的に息を止める。ルークの瞳が、淡く光ったように見えた。そして、伊神さんが、急に静かになった。


「……」


 でも、表情は穏やかなままだった。むしろ、どこか優しく笑っている。そのまま数秒、静かな時間が流れる。私は不安になった。


「伊神さん?」


 呼びかけると、伊神さんがゆっくり瞬きをした。


「ああ……」


 そして、手が離れる。伊神さんは、今度はまっすぐ私を見た。その目が、さっきより少しだけ柔らかかった。


「なるほど」

「え?」

「今、分かりました」


 私は戸惑う。


「何がですか?」


 伊神さんは少し笑った。


「ルーク君から、情報が流れてきました」

「は!?」


 私は思わず大きな声を出してしまった。


「なにそれ!?」

「紫乙さんの過去世のことです」


 伊神さんは静かな口調で続ける。


「金星近傍の星のことも。ミケーネという少女のことも」


 私は完全に固まった。


「えっ……、ちょ、待ってください」


 私は反射的にルークを見る。ルークは、にこにこしていた。私にもこうしてストレートに教えてもらいたいのに、そうしてくれない。


「なんで!?」

「聞かれたから」

「私は!?」

「君は混乱するから」

「いや、今も混乱してるのよ!」


 私は頭を抱えた。どうして他人にはそんなにスムーズなのだろう。私にはいつも夢だ。意味深な会話だ。突然見せられる映像だ。しかも時々、嘘か本当か分からない。


「羨ましいんだけど……!」


 思わず本音が出る。


「そんなにストレートに教えてもらえるなら、私にもやってほしいんだけど!?」


 すると、ルークが、ぺろっと舌を出した。


「……」

「えへへ」

「可愛く誤魔化さないで」


 でも、ルークはやめなかった。今度は、レロレロとわざと舌を動かしてくる。


「ちょっと!やめなさい!」

「紫乙、面白い顔してる」

「あなたのせいでしょうが!」


 私が怒ると、伊神さんがまた肩を震わせた。でも、やっぱり笑い方は上品だった。落ち着いていて、大人だった。その隣で、ルークは完全に子供みたいな顔をしている。ぷうっと頬を膨らませたり、舌を出したり。さっきまでスーツ姿で完璧に格好よかったのに、全部台無しである。


「……なんか」


 私は思わず呟いた。


「夢の中ではもっと大人だったのに」

「夢の中でも嫉妬してたよ」


 ルークが即答する。


「え」

「ミレイニーが軍の教官と話してるだけで不機嫌だった」

「知らないわよ、そんなの!」


 私は顔が熱くなるのを感じた。すると、伊神さんがくすっと笑う。


「でも、安心しました」

「え?」

「ちゃんと、“今”を生きている人たちなんだなって」


 その言葉に、私は少しだけ黙った。今。そうだ。過去世がどうとか。宇宙がどうとか。そんな話ばかりしているけれど、私たちはちゃんと今を生きている。こうして笑って。誰かに嫉妬して。困って。慌てて。そんな普通みたいな時間の中にいる。


 その時だった。コンコンと、再びドアがノックされた。


「失礼します。そろそろ収録準備に入ります」


 スタッフの声が聞こえる。伊神さんが、はいと、穏やかに返事をした。そして立ち上がる。


「では、そろそろ仕事モードに戻りましょうか」


 その言い方が、妙に格好よかった。私は思わず見惚れる。その瞬間、隣でルークが、またむすっとした顔になった。


「紫乙」

「なによ」

「今、また“きゅん”とした」

「してない!」

「した」


 完全にバレていた。いや、いいと思った。ルークへのお仕置きだ。私はなるべく平気な顔をしていることにした。

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