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ファーストコンタクト~私の宇宙人彼氏はお金を出さないけど、光を降らせる~  作者: 夏目奈緒


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61/175

9-2

 午前8時半。


 スマートフォンが震えた。私はテーブルの上へ置いていた端末を手に取る。画面には、玲司さんの名前が表示されていた。


『下に着いた』


 短いメッセージだった。


「来た」


 私は小さく息を吐き、ソファーから立ち上がる。今日は対談収録の現場だ。黒のジャケットに細身のパンツという格好にしてある。インナーは淡いグレーのハイネックで、全体を落ち着いた色合いでまとめている。普段の配信の時とは違う、“仕事用”の自分だった。


 鏡を見る。髪も整えてある。少しだけ緊張した顔をしていた。頭の奥で、ルークが楽しそうに声を出す。


(紫乙、今日かっこいい)

(ありがとう)

(仕事ができる女って感じ)

(なによそれ)

(好き)


 私は思わず小さく笑ってしまう。今日はルークの本体は家で留守番だ。でも、ウォークインしているから、ずっと一緒にいる。だから見た目は完全に私一人分だ。でも、頭の中では、ずっとルークが喋っている。本当にややこしい。


(玲司君、絶対またスーツが似合う)

(分かってる)

(褒める?)

(普通に言うだけ)

(それを褒めるって言うんだよ)


 私はため息をつきながら、玄関で靴を履いた。


「行ってきます」


 小さく呟き、アパートの階段を下りていく。冬の朝の空気は冷たかった。空は薄く白く、まだ朝特有の静けさが残っている。アパート前には、黒いワゴン車が停まっていた。セランエージェンシーの車だ。運転席には男性スタッフが座っている。そして、後部座席の窓が静かに下がった。


「おはよう」


 玲司さんだった。今日はダークネイビーのスーツ姿だ。黒のチェスターコートを羽織っている。休日の柔らかい雰囲気とは違い、完全に仕事モードだった。でも、その落ち着いた空気は変わらない。


(ほら、かっこいい)

(分かったから)


 ルークがすぐ反応してきて、私は内心で呆れる。その隣には、恵介君が座っていた。


「おはようございます!」


 彼も今日は綺麗めなジャケット姿だった。でも、どこか緊張した顔をしている。そして、その向かい側には、もう一人男性が座っていた。


「おはようございます」


 低く落ち着いた声だった。恵介君のマネージャの瀬名澪(せなっみお)さんだ。26歳。セランエージェンシーのマネージャー部の若手だ。グレーのスーツを隙なく着こなしていて、芸能マネージャーというより俳優みたいな雰囲気があった。真面目な雰囲気だが、笑うと少し柔らかくなる。恵介君より年上らしい落ち着きがあり、車内にいるだけで空気が引き締まる感じがした。


「朝早くからすみません」

「こちらこそ」


 私は軽く頭を下げる。その瞬間、頭の奥でルークが反応した。


(この人も顔が強いね)

(やめて、顔面評価しかしないの)

(でも、イケメン)

(知ってる)


 私は内心でため息をついた。瀬名さんは、そんな私の様子を見て少し笑った。玲司さんのマンションで二回顔を合わせてあり、初対面ではない。でも、初対面だとしても、相手をつくろがせる才能がある人だと玲司さんが言っていた通り、すぐに打ち解けられた。私を下の名前で呼ぶのも、自然だった。


「紫乙さん、眠そうですね」

「顔に出てます?」

「少し」


 優しい言い方だった。その横で、恵介君が苦笑する。


「紫乙さん、昨日も編集してたんじゃないですか?」

「途中で寝落ちしたわよ」

「ルークさんが強引に寝かせたんでしょう。もう寝ないといけないよって言って」

「そうなのよ」


 まさか眠り魔法をかけられたなんて言えない。私が呆れた声を出すと、玲司さんが静かに肩を震わせた。


「……仲がいいな」


「玲司さん、笑ってますよね?」

「いや」


 絶対笑っていた。私は後部座席へ乗り込む。車内は暖かかった。暖房の空気と、コーヒーの香りが混ざっている。玲司さんが紙カップを差し出してきた。


「飲むか?」

「ありがとうございます」


 受け取ると、指先へ熱が伝わった。


「紫乙さんの分も買っておいたんです」


 恵介君が少し嬉しそうに言う。


「ワタベ電機の近く、風が強いらしくて」

「優しい」


 私が笑うと、恵介君が少し照れくさそうに視線を逸らした。瀬名さんが、そのやり取りを静かに見ている。


「恵介、今日は緊張してるんですよ」

「瀬名さん」

「朝からソワソワしていました」

「やめてください」


 恵介君が困った顔になる。でも、その空気は柔らかかった。玲司さんが穏やかな声で言う。


「今日は長丁場になると思う。無理しないでくれ」

「はい」


 私は頷いた。車が静かに発進する。朝の街が、ゆっくり後ろへ流れていった。その時だった。


(紫乙)


 頭の奥で、ルークが静かな声を出す。

(なに?)

(今日は、恵介君にとって大事な日になる)

(……うん)

(だから、ちゃんと笑わせてあげて)


 私は小さく窓の外を見た。きっと今日は、大丈夫だ。そう思っているのに、胸の奥が落ち着かなかった。ざわざわとした感覚が、ずっと残っている。何か起きるかもしれないという、そんな前兆みたいなものを感じていた。

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