9-1 対談の現場
1月6日、火曜日。午前5時半。
まだ外は暗かった。カーテンの隙間から、冬の朝特有の青白い光がわずかに入り込んでいる。私はベッド中で小さく身じろぎをした。暖房はつけていたけれど、部屋の空気は少し冷えている。
「さむ……」
ぼんやりした頭のまま、私は目を開けた。その瞬間、目の前に銀色の髪があった。
「……また?」
半目になる。ルークが、当然みたいな顔で私の隣へ寝ていた。しかも、しっかり抱きついている。私は視線を横へ向ける。床には、昨夜ルーク用に敷いておいた布団がある。綺麗なままだ。まったく使われた形跡がない。
「……そっちで寝なさいよ」
私が呆れた声で言うと、ルークが薄く目を開けた。
「寒かった」
「嘘」
「本当」
絶対嘘だと思う。そもそも、この宇宙人は気温くらいどうにでもしそうなのである。
「紫乙、暖かいから」
「湯たんぽ扱いしないで」
「愛情表現だよ」
「重いのよ」
私が押し返そうとすると、ルークがさらに腕へ力を入れてきた。
「今日は早いね」
「対談の日だから」
その言葉で、ルークが少しだけ真面目な顔になる。
「ああ、ワタベ電機の」
「そう」
私はようやく身体を起こした。スマートフォンを見る。午前5時32分。通知がいくつか入っていた。玲司さんからの連絡もあった。
『本日は8時半頃にセランエージェンシーの車で迎えへ行く。よろしくお願いします』
いつも通り、落ち着いた文章だった。|Serein Agencyとは、恵介君が所属している芸能事務所の名前だ。今日の対談の現場まで、事務所の車が送迎してくれる。今日は対談の現場へ同行する。ファーストコンタクトもスタッフとして入る予定だ。撮影補助や進行確認。玲司さんは見学という形だけれど、恵介君にとっては、それだけでも安心材料なのだろう。彼からもメッセージが来ている。
『おはようございます。少し早く起きてしまいました。緊張しているみたいです』
私は思わず小さく笑った。
「やっぱり緊張してる」
「可愛いね」
ルークが、まだ眠そうな声で言う。
「今日は大丈夫だよ」
「どうして分かるの?」
「玲司君がいるから」
私は少しだけ黙った。たしかに、それはそうかもしれない。玲司さんがいると、不思議と空気が落ち着くのだ。無理に励ましたりしない。ただ静かに隣にいて、“大丈夫だ”と思わせる。
「……保護者力が高いのよね」
「紫乙、最近よく玲司君のこと褒める」
「だって、実際、すごいじゃない」
そう言った瞬間だった。ルークが、むすっと頬を膨らませた。
「またそれ」
「まだ根に持ってるの?」
「嫉妬深いから」
「自分で言うんだ」
「紫乙限定」
さらっと言う。私は思わず顔をしかめた。
「朝から重い」
「愛情だよ」
「だから重いの」
すると、ルークが急に私の肩へ額を押しつけてきた。
「寒い」
「演技でしょ」
「本当に寒い」
「じゃあ、暖房上げるから離れて」
「やだ」
完全に駄々っ子だった。私はため息をつきながら、ベッドを降りる。床が冷たい。
「うわ……」
冬の朝の冷たさに肩をすくめると、後ろからルークが笑った。
「紫乙、猫みたい」
「誰のせいよ」
私は洗面所へ向かった。鏡を見ると、まだ少し眠そうな顔をしている。私は顔を洗いながら、小さく息を吐いた。恵介君は本当に頑張っている。横浜配信から一週間。外には出ない生活に戻っているが、配信が楽しめたようで、顔色が良くなって元気になっていた。私はあれからも買い物を届けて食事を作りに通っていた。
その時、後ろからルークが近づいてきた。
「コーヒー、淹れる?」
「飲む」
「今日は濃いやつ」
「また“ポリフェノールが必要”とか言うの?」
「守護者の務めだから」
「あなたの趣味でしょ」
私が呆れると、ルークが笑う。その笑い声が、まだ静かな朝の部屋へ柔らかく響いた。窓の外では、夜明け前の空が少しずつ薄くなり始めている。今日は、大切な日だ。恵介君の仕事の日。そしてきっと、彼にとって“外の世界へ戻る”ための、小さな一歩になる日なのだろう。私はタオルで顔を拭きながら、小さく気合いを入れるように息を吐いた。




