8-7
(やめてよ……)
心の中で抗議する。でも、ルークは楽しそうだった。配信に何か映らないと楽しみがないだろうという、その気配が伝わってくる。そして、暗い遊歩道の奥で、また何かが動いた気がした。私は思わず息を止める。ルークの気配が、身体の奥で静かに笑っていた。もちろん、隣にいるのもルークだ。こっちの方は笑っていなくて、恵介君の方を振り返って、手を引くように歩いている。すると、頭の中に声がした。
(紫乙、右)
(右?)
視線を向ける。遊歩道脇の植え込み。その下。街灯の光が届く場所だった。そして。
「……え?」
私は小さく声を漏らした。いた。小さい。本当に小さい。植え込みの陰から、ちょこん、と何かが顔を出していた。人型。でも、二十センチくらいしかない。丸い頭。妙に大きな目。そして、なぜか全員、こちらを見ている。
「ちょっ……!」
私は反射的に一歩下がった。すると。
『なに!?』
『どうした!?』
『今なんかいた!?』
コメント欄が一気に流れる。小牧君も慌ててカメラを向けた。
「え、なになになに!?」
「紫乙ちゃん見えてる!?」
「どこ!?」
ねえさんの声が少し裏返っている。私は答えられなかった。だって、増えたのだ。植え込みの奥から、ぴょこ、ぴょこ、と次々に小さな影が出てくる。一体。二体。三体。四体。五体。全部、小さい。全部、人型。しかも、なんか、おじさんっぽい。
「……なんで?」
思わず呟いてしまう。スーツみたいな服を着ている個体までいる。小さいネクタイみたいなものが見えた。そのうちの一体が、木の根元へ座り込んだ。そして。
――カラン。
さっきの金属音。小さいおじさんが、空き缶を蹴っていたのである。
「えええ!?」
私はとうとう声を上げた。小牧君が飛び上がる。
「なに!?なにいた!?」
「映ってる!?」
「ガチ!?」
コメント欄が完全にパニックだった。
『紫乙ちゃん、何が見えてるの』
『怖い』
『やばいやばい』
でも、その時だった。ねえさんが、急に固まる。
「……待って」
真顔だった。
「私も今、なんか見えた」
空気が変わる。
「え?」
小牧君が振り返る。
「ちっちゃいの、いた……」
その瞬間。
『は!?』
『共有した!?』
『やばいって!』
コメント欄が爆発した。私は恐る恐る植え込みを見る。いた。まだいる。しかも、五体が並んで、こっちを見ていた。そして、真ん中の一体が、ぺこり、と頭を下げた。
「えっ」
私は間抜けな声を出す。すると、ルークが身体の奥で笑った。
(礼儀正しいだろう?)
(知ってるの!?)
(うん)
さらっと答える。
(宇宙人?)
(近い)
近いって何だ。私は混乱する。その間にも、小さいおじさん達は、なぜか相談し始めていた。きゅい、きゅい、と妙な高い声。でも時々。
「……オオ……」
「……ヨロシク……」
みたいな、日本語っぽい音まで混ざる。
「待って待って待って」
私は額を押さえる。
「怖い話じゃなかったの!?」
(怖い存在じゃないよ)
(じゃあ何なのよ)
(この辺の観察に来てる)
観察。その言葉に、私は嫌な予感しかしなかった。その時だった。一体が、急に小牧君の方へ走った。
「うわっ!?」
小牧君が飛び上がる。でも、小さいおじさんは、小牧君の靴の前でぴたりと止まった。そして、じーっ、と見上げている。
「……え?」
小牧君が固まる。次の瞬間、小さいおじさんが、小牧君の靴紐をちょん、と触った。
「えっ、なに!?かわいい!?」
恐怖より先に、その感想が出てしまったらしい。コメント欄も、一気に空気が変わった。
『かわいい!?』
『え、何それ』
『小さいおじさん系!?』
すると、ねえさんが吹き出した。
「待って、ホラー配信だったよね!?」
「そうですよね!?」
「なんでファンシー寄りになってるの!?」
公園の空気が、一気に崩れる。玲司さんでさえ、後ろで肩を震わせていた。笑っている。恵介君も、帽子の下で完全に吹き出していた。
「……すごい」
恵介君が小声で言う。
「人生で初めて、“小さいおじさん”見ました……」
その時、五体のうち一体が、急にルークの方を見た。そして、びしっ、と敬礼した。私は固まる。
「……知り合い?」
(まあ、少し)
ルークが平然と返す。
(少しって何よ!)
でも、その時、五体が、一斉にこちらを見た。ぞわっ、と背筋が震える。次の瞬間、小さいおじさん達が、一斉にぺこり、と頭を下げた。そして、ふっ、と、煙みたいに消えた。
「……え?」
誰かが呟く。風だけが吹いていた。木々が揺れる。さっきまで確かにいた場所には、もう何もない。沈黙。数秒後。
『ええええ!?』
『消えた!?』
『今の何!?』
『録画した!?』
コメント欄が大爆発した。小牧君が完全に混乱している。
「待って待って待って!!」
「今の何!?」
「妖精!?宇宙人!?地縛霊!?」
すると、ルークが静かに言った。
「どれでもないかな」
その声が、妙に楽しそうだった。私は思わずマフラーを握り締める。
(……絶対、あとで説明してもらうからね)
すると、ルークが身体の奥で笑った。
(長くなるよ?)
私は小さくため息をつく。でも、怖かったはずなのに、少しだけ笑ってしまった。




