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風が吹いた。木々がざわりと揺れる。暗い遊歩道の奥から、冷たい空気が流れてくる。その直後だった。ふわりと、身体の奥へ、静かな熱が入り込んでくる感覚があった。
(あ……)
分かる。ルークだ。ウォークインしてきたのだと、すぐに理解した。視界が少しだけ澄んでいく。耳へ入る音が、妙にはっきり聞こえる。遠くの車の走行音。風で擦れる葉の音。誰かの足音。全部が近い。
「紫乙ちゃん?」
ねえさんが、少し不思議そうにこちらを見る。私は返事をしようとして、身体が自然に前へ動くのを感じた。まるで、誰かにそっと背中を押されたみたいだった。でも、怖くはない。ルークは、無理やり動かしたりはしない。私が「動きたい」と思う方向へ意識を合わせてくる。だから、最初だけ少し感覚がズレるけれど、すぐに馴染む。歩幅も。呼吸も。ゆっくり重なっていく。その感覚に慣れた頃には、動きはもう自然だった。
(……また、何か見せる気ね)
私は小さく息を呑む。こういう時は決まっている。ルークが、何かを感じ取っている時だ。そして、それは配信にも映る。私は少し緊張した。本当は、怖い話なんて苦手なのだ。暗い場所も好きではない。子供の頃なんて、怪談番組を見た日はトイレへ行けなくなるタイプだった。なのに、どうして今、自分が夜の公園で心霊配信なんかしているのだろう。
(不思議……)
もともとは、兄の体験談を話すだけの配信だった。兄が見たもの。聞いた声。妙な体験。それを雑談みたいに話していただけだったのに。いつの間にか、実際の場所へ行くようになっていた。国道脇のビニールハウス。山のトンネル。夜の公園。古い階段。配信者たちと一緒に、そういう場所を巡るようになっていたのである。そして今も。コメント欄が高速で流れていた。
『雰囲気変わった?』
『今なんか空気変わった』
『ルークさんがいるから』
鋭い人は、本当に鋭い。私は苦笑しそうになる。その時だった。ルークの意識が、静かに私の視線を誘導した。遊歩道の奥。街灯と街灯の間。暗く沈んでいる場所。そこに――。
(……誰かいる?)
一瞬だけ、人影みたいなものが見えた気がした。背の高い影。でも、次の瞬間には木の陰へ溶けるみたいに消えてしまう。
「っ……」
私は反射的に息を呑んだ。
「紫乙ちゃん?」
ねえさんが声をかける。小牧君も、すぐカメラをこちらへ向けた。
「なになに!?」
「今、なんか見た?」
「え、ガチ?」
コメント欄が一気に加速する。
『いた?』
『今の何』
『鳥肌立った』
私はすぐ答えられなかった。でも、その時、ルークの声が、頭の奥で静かに響く。
(大丈夫)
落ち着いた声だった。
(怖がらせたいわけじゃない)
(……なにがいるの)
(人じゃない。でも、悪意は薄い)
私は少しだけ肩の力を抜いた。すると、身体がまた自然に前へ動き始める。ルークが導いている。私はそれに合わせて歩いた。遊歩道へ足を踏み入れる。落ち葉を踏む音が、妙に大きく響いた。
「うわ、雰囲気ある……」
小牧君が小声になる。さっきまで騒いでいたのに、さすがに緊張しているらしい。ねえさんも、少し真面目な顔になっていた。玲司さんは小牧君の配信に映りながら、静かについてきている。その隣には恵介君。帽子を深く被ったまま、周囲を見回していた。
「大丈夫?」
私は小声で聞く。
「はい……」
恵介君は頷いた。
「怖いですけど、楽しいです」
その返事に、私は少し笑ってしまう。分かる気がした。怖い。でも、どこかワクワクしてしまう。夜の非日常。仲間と一緒に歩く暗い道。配信のコメント。遠くの笑い声。そういう全部が混ざって、不思議な高揚感になっていた。
その時だった。ルークの意識が、急に強く反応した。
(止まって)
私は足を止める。
「え?」
ねえさん達も止まった。風が吹く。木々が揺れる。そして。
――カラン。
どこかで、金属音みたいなものが鳴った。全員が息を止める。
「……今の何?」
小牧君が小声で言う。コメント欄が一気に流れた。
『聞こえた』
『やば』
『誰かいる?』
私は暗闇を見る。そこには、何もない。でも、確かに、何かの気配だけがあった。その時、ルークが、私の身体を通して小さく笑った。
(……面白くなってきたね)
私は思わず、息を飲んだ。ルークがそうやって笑う時、何かする時だ。わざと恐怖心をあおってきて、私にリアクションを起こさせる。怖くて声が震えたり、足が動かなくなったりする。それが私の配信のお馴染みの光景だ。




