1-4 宇宙船
そのときだった。私たちの頭上を、ひとすじの光が横切った。
――宇宙船だ。
知り合いの船だ。もちろん、普通の人間には見えない。あれが見えているのは、ルークの技術で感覚を拡張されているからだ。他の星の船も、同じように認識できる。静かな夜空に、音もなく滑る光。その軌道を目で追っていると、隣でルークが小さく笑った。
「紫乙。ヨークも来るみたいだよ」
「……そうみたいね」
軽く頷く。こういうことに、もういちいち驚かなくなっている自分が少し怖い。私の知り合いには、ウーリとヨークというアルデバラン星人もいる。彼らはユリウスさんが居候している黒崎家に関わる存在で、家族同然のように扱われている。黒崎一貴さん――衣料品メーカー・プラセルコーポレーションの社長の守護者でもある。兄も、キシヤマ味噌の社長として交流の場に出ることが多く、そうした繋がりの中で知り合った。社長同士の付き合いと、そして、“地球人ではない存在と関わっている”という、奇妙な共通点。それが、距離を一気に縮めたらしい。
とはいえ、このあたりの事情を、配信で話すわけにはいかない。視聴者に見えているルークは、あくまで“少し変わった外国人の彼氏”だ。本名はルーク・ヴェイル。勤務先はプラセルコーポレーション。アメリカ人という設定にしてある。誰も疑っていない。
――いや、正確には。ごく一部の、霊感が強い視聴者だけが、妙なことを言う。「彼、ただ者じゃないよね」とか、「気配が変わってる」とか。そこは、うまく笑いに変えて流している。本当のことを話すわけにはいかないし、かといって全部嘘で塗り固めるのも、少しだけ心苦しい。
だから私は、“ちょっと変わった彼氏”という位置に落とし込んでいる。実際、ルークは変わっている。コーヒー用のミルクを水に溶かして飲むのが好きだとか、家は宇宙船だとか――、冗談みたいなことを、平然と本気で言う。そして、それがだいたい本当だから困る。コメント欄では「天然」「不思議系彼氏」と好き勝手に言われているけれど、否定もしきれない。
やがて、兄の家が見えてきた。吐く息が白く濃くなり、気温が一段と下がっているのが分かる。画面には「オツさん、寒くない?」「風邪ひくよ」といったコメントが流れ始めた。視聴者は全国に散らばっている。沖縄の人もいれば、北海道の人もいる。同じ時間を共有しながら、それぞれ違う気温の中でコメントを交わしているのが、少し不思議で、少しだけ心強い。まるで、みんなで同じ場所にいるみたいな感覚になる。
こうして近所を歩く配信は、基本的に穏やかだ。廃墟に行けば一緒に悲鳴を上げて、こういう夜は、静かに雑談をする。ゆるいけれど、確かな一体感がある。配信を始めた頃は、ずっと一人だった。ルークはいなかった。今は一応、彼氏のようなものだと説明しているけれど、実際のところは、少し違う。友達以上、恋人未満。そんな曖昧な関係。ルーク自身も、そう言っている。
私たちは昔から、そういう距離感だったらしい。私は告白されて、なんとなく頷いてしまっただけだし、強く恋愛感情を抱いているわけでもない。ルークがそばにいるのは、守護者としての役割も大きい。だからだろう。
私たちの間には、いわゆる“恋人らしいこと”がほとんどない。キスも、抱きしめられたこともない。私は41歳でもう若くないし、そういうことを望むのも、どこか気恥ずかしかった。――それを、ルークは分かっているのだと思う。だから彼は、何も踏み込んでこない。ただ、夜。眠る前に、そっと手を握ってくれる。それだけが、私たちのスキンシップだった。




