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玲司さんも、恵介君も、その話を疑う様子はなかった。ルークが膨れている理由もだ。“彼女を助手席へ乗せて、自分で運転できないのが面白くない”。そんな子供みたいな理由で機嫌を損ねていることを、二人とも自然に理解しているらしい。ベイブリッジの件も同じだった。玲司さんは大人だから、特に茶化すこともなく、穏やかに対応している。――まあ、それはそうだよね。そんな空気感だった。
「ルーク君。まあ、そう言わずに。紫乙君の意見も聞いておくべきだ」
玲司さんが、穏やかな声で言う。
「そうですよね」
私はすぐ頷いた。すると、ルークは少しだけ笑った後、またぷうっと頬を膨らませ、ぷいっと横を向いてしまった。完全に、私のことを困らせに来ている。私は思わずため息をつく。
「ほら、また始まった」
「分かりやすいですね……」
恵介君が苦笑する。
「紫乙さんが他の人を褒めると、いつもこうなんですか?」
「最近は特にね」
私が言うと、ルークがすぐ反応した。
「だって今日、玲司君のこと三回褒めてた」
「数えてたの?」
「当然だよ」
怖い。私は額を押さえた。
「別に変な意味じゃないわよ。ただ、気遣いできる人だなって思っただけ」
「それが嫌なんだよ」
「面倒くさいわねえ……」
私が呆れると、玲司さんが小さく笑った。
「嫉妬されるうちが華だ」
「玲司さんまで……」
私は思わず笑ってしまう。すると、ルークがちらりとこちらを見た。
「ほら、また楽しそうにしてる」
「だから何よ」
「紫乙はすぐ人を好きになる」
「語弊がある言い方やめて」
恵介君が吹き出す。車内の空気は、完全に和んでいた。でも、その時ふと思う。夢の中のルークは、大人だったと。静かで。落ち着いていて。軍服姿で、どこか近寄りがたいくらい綺麗だった。ミケーネを抱きしめていた時の顔なんて、今のルークと同じ人物とは思えないほどだった。なのに、現実のルークは、ベイブリッジを褒められた程度で頬を膨らませている。私は思わず、小さく笑ってしまった。
「なに?」
「いや……」
私は窓の外を見ながら答える。
「夢の中のあなた、もっと格好よかったなって」
「夢?」
ルークが瞬きをする。
「どんな?」
「大人だった」
「今も大人だよ」
「今は子供」
「ひどい」
ルークが本気で傷ついた顔をする。でも、恵介君が横で笑いながら頷いた。
「ちょっと分かります」
「恵介君まで?」
「だって今、拗ね方が完全に高校生ですよ」
その言葉に、玲司さんまで肩を震わせた。笑いを堪えている。ルークはしばらく黙り込んだ後、小さくぼやいた。
「みんなして僕に厳しい……」
「自業自得よ」
私が返すと、ルークはまた頬を膨らませる。でも、その横顔はどこか楽しそうだった。私はそんなルークを見ながら、少しだけ安心していた。夢の中の彼は、あまりにも静かで、遠かったから。今みたいに、くだらないことで拗ねて、私へ絡んできてくれる方が、ずっと“ルークらしい”と思えたのである。
「でも」
私は、小さく笑いながら続けた。
「かっこいいところもあるのにね」
その瞬間だった。ルークが、ぴたりと頬を膨らませるのをやめた。
「……え?」
完全に予想外だったらしい。ぽかん、とした顔でこちらを見ている。私は思わず吹き出しそうになる。
「なによ、その顔」
「いや……」
「今の顔は、ちょっとかっこいいわよ」
そう言った瞬間だった。ルークが、すっとスマートフォンを取り出した。
「……なにするの?」
嫌な予感しかしない。するとルークは、何事もなかったみたいな顔で画面を操作し始めた。そして。
「あ、入れた」
平然と言う。
「は?」
私は固まった。
「パスワード思い出した」
「今!?」
「うん」
絶対に嘘だ。さっきまで何度聞いても「忘れた」と言っていたくせに。私は思わず身を乗り出した。
ルークがスマートフォンをスクロールしている。笑っている。やっぱり、パスワードを忘れていたというのは嘘だったのだ。私を困らせて遊んでいたに違いない。
「ちょっと待って。なんで今なのよ」
「紫乙が褒めるから」
「意味分かんない!」
その瞬間。後ろで、恵介君が耐えきれなくなったみたいに吹き出した。
「ははは!」
本気で笑っている。肩を震わせながら、マスクを押さえていた。
「だめだ……。分かりやすすぎる……」
「恵介君まで笑わないで」
私は思わず額を押さえる。でも、玲司さんまで前で小さく笑っていた。
「機嫌が直ったんだな」
「現金ですよね……」
恵介君が笑いながら言う。ルークは悪びれもしない。
「人間、愛情が大事だからね」
「あなた宇宙人でしょ」
「今は人間寄り」
都合がいい。私はため息をつきながら、スマホ画面を覗き込んだ。本当にログインできている。問題のアカウントだ。
「あっ!」
私は思わず声を上げた。
「待って、勝手に触らないで」
「大丈夫だよ」
「なにが!?」
ルークは楽しそうにスクロールしている。そこには、十年前のお台場の写真が表示されていた。若い私。今より髪が長い。そして、隣には元彼。夜景を背に笑っている。
「うわあ……、若いですね」
恵介君がぽつりと言う。
「やめて」
「でも雰囲気、今とちょっと違う」
「そう?」
「今より尖ってる感じがします」
私は画面を見ながら苦笑した。たしかにそうかもしれない。あの頃は、今よりずっと無理をしていた。配信もしていなかったし、人付き合いも苦手だった。世界が、もっと狭かった気がする。




