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ドライヤーの音が止まる。部屋が、急に静かになった。私は髪を軽く指で整えながら、ベッドへ腰を下ろす。時計を見る。まだ20時過ぎだ。編集したい動画がある。昨日のアンダーウェアの切り抜き候補も確認したいし、ねえさんとのトンネル配信のサムネ案も考えておきたかった。
「……やること、多い」
小さく呟いた、その時だった。後ろから、ふわりと腕が回される。
「えっ」
ルークだった。後ろから、そのまま抱きしめられる。体温が近い。少し熱い。
「ちょ、なに……」
私が言い終わる前に、ルークが耳元へ顔を寄せた。
「君のことを愛しているんだ」
低い声。耳へ熱い息がかかる。ぞくっ、と背筋が震えた。
「……っ」
思わず肩が跳ねる。その反応を面白がるみたいに、ルークが小さく笑った。そして、ぺろ、と耳を軽く舐める。
「ちょっと!」
慌てて振り返ろうとした瞬間、今度は軽く噛まれた。痛くはない。でも、優しく歯を立てられる感覚が妙にくすぐったくて、変に力が抜ける。
「なにするのよ……」
抗議すると、ルークは楽しそうだった。
「可愛い声、出た」
「出してない!」
私は顔が熱くなるのを感じながら、ルークの腕を叩く。でも、次の瞬間、そのまま後ろへ倒された。
「わっ」
ベッドへ沈む。ルークが上から覗き込んでくる。銀色の髪が少し落ちてきて、視界が近い。見つめ合う。静かな部屋。暖房の音だけが小さく聞こえていた。こういうことをされるのは、珍しい。ルークは普段、距離感がおかしいくせに、本気で押してくることはあまりない。だから余計に、調子が狂う。
「……どうしたの?」
私が聞くと、ルークは少しだけ唇を尖らせた。
「だから、嫉妬」
「は?」
「玲司君と親しくなってたから」
予想外すぎる返事だった。この間、話し合ったはずだ。私は思わず瞬きを繰り返す。
「恵介君の姉みたいだって言われて、君、嬉しそうに笑ってただろう?」
その言い方が、妙に拗ねている。
「……そこ?」
「忘れられない」
ルークは真顔で言った。でも、その後、ぷうっ、と頬を膨らませる。
「……なにその顔」
「君の真似」
「やめて」
私は思わず吹き出した。五十里邸での顔を思い出す。子供みたいだった。さっきまであんな空気出していたくせに、急にこれである。
「君も膨らませて」
ルークが言う。
「なんでよ」
「見たい」
「嫌」
でも、ルークは笑っている。本気で嫉妬しているのか、ただ面白がっているのか、正直よく分からなかった。私はため息をつきながら、ルークの額を軽く押した。
「重い」
「愛が?」
「体重が」
即答すると、ルークが笑った。その笑い方が妙に優しい。そして。
「じゃあ、眠り魔法かけようか」
突然そんなことを言い出す。
「嫌」
私は即答した。
「まだ動画編集したいの」
「今日くらい休みなよ」
「年末なの。今やらないと溜まるのよ」
配信関係は、後回しにすると本当に終わらない。切り抜き。概要欄。サムネ。連絡。やることはいくらでもある。でも、ルークは諦めなかった。
「少しだけ」
「だめ」
「五分」
「短いわね」
私が呆れると、ルークはそのまま隣へ寝転がった。そして、自然に私を抱き寄せる。
「……ちょっと」
抗議しようとした瞬間、背中をゆっくり撫でられた。一定のリズム。優しい手。
「寝物語する」
「それ、一番危険なやつじゃない……」
私は思わず顔をしかめる。でも、正直、少し気持ちいい。風呂上がりの身体。暖かい布団。静かな部屋。そこへ一定のリズムで背中を撫でられる。眠くならない方がおかしい。
「困るわ……」
私はぼそっと呟いた。
「編集……」
「明日できる」
「絶対眠らせる気じゃない」
「うん」
即答だった。ルークの声が近い。耳へ落ちてくるみたいに、静かだった。
「昔ね」
ぽつりと語り始める。
「宇宙船の窓から、雪みたいな星雲を見たことがある」
私は目を閉じたまま、その声を聞く。
「白くて、ゆっくり流れてて。地球の吹雪みたいだった」
「……うん」
「でも寒くないんだ」
「宇宙だから?」
「そう」
背中を撫でる手が止まらない。眠気が、ゆっくり落ちてくる。
「そこで眠るとね、夢が長くなる」
「なにそれ……」
私は少し笑う。でも、瞼はもう重かった。ルークの声は、時々こうして不思議な世界を連れてくる。嘘みたいで。本当みたいで。気づくと、聞き入ってしまう。
「紫乙」
名前を呼ばれる。
「……なに」
「おやすみ」
優しい声だった。私は小さく息を吐く。
「……まだ寝ないって言ってるのに」
そう言いながらも、身体はもう動かなかった。ルークの腕の中は暖かい。背中を撫でる手も、一定で心地いい。私は目を閉じたまま、ルークの語る話へ耳を傾ける。遠い星の話。夜空の話。静かな宇宙の話。その声を聞いているうちに、意識は少しずつ沈んでいった。




