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その時、別のおすすめ欄が目に入った。よく見ている男性配信者の番組だ。サムネはその人の顔だった。真面目な顔をしている。
『許さない』
タイトルだけで、空気が少し変わる。
「あー、始まった」
ミナトさんが嫌そうな顔をした。
「浮気系?」
「っぽいね」
ねえさんが配信詳細を開く。
「“今から浮気した彼女と話し合います”だって」
「うわー……」
誰かが顔をしかめた。でも、同時に、何人かはスマホを開いている。結局みんな気になるのだ。別れるのか。許すのか。修羅場になるのか。配信界隈では、恋愛トラブルは数字が出る。特に“リアルタイム修羅場”は強い。
「視聴者が1万超えてる」
「強……」
しかも。
「あ、もう便乗が始まってる」
ねえさんが笑う。関連おすすめ欄には――。
『○○君を救いたい』
『浮気され男を応援する枠』
『恋愛相談凸待ち』
そんなタイトルがずらりと並んでいた。
「早いのよ、界隈が」
「ハイエナすぎる」
私は思わず苦笑する。するとルークが、静かにスマホ画面を眺めながら言った。
「人は“感情が揺れている場所”を見たがるんだよ」
「急に分析始めた」
ねえさんが笑う。でも、少し分かる気がした。怒り。悲しみ。泣きそうな声。そういう“むき出しの感情”は、人を引き寄せる。配信というのは、結局そこなのかもしれない。
「でもさあ」
ミナトさんがグラスを揺らしながら言った。
「別れる別れないって、みんな好きよね」
「数字出ますからね」
「昼ドラなのよ、結局」
吉田さんがしみじみ頷く。
「人の恋愛って、他人事だと面白いの」
「悲しいわよね」
「だって本音でしょ?」
店内が笑いに包まれる。その横で、ルークが静かに私を見る。
「紫乙」
「なに?」
「もし僕が浮気したら?」
「どこで?」
私の問い返しに、ねえさんが吹き出した。私は真顔で続ける。
「配信で公開処刑されると思うわよ」
「怖いなあ」
「“宇宙人に浮気された女”ってタイトルで伸びるわよ」
「それは強い」
周囲が大笑いする。ルークは困ったように笑った後、ふっと目を細めた。
「でも、君はそういう配信しないだろう?」
「……まあね」
私は少しだけ肩をすくめた。怒ったとしても。泣いたとしても。たぶん私は、本当に苦しい時ほど、静かになる。それを配信へ乗せるタイプではない。そこまで強くない。ルークはそんな私を見ながら、小さく笑った。
「君は優しいから」
「違うわよ」
「じゃあ?」
「面倒くさいだけ」
そう返すと、店の笑い声がまた広がった。その時、カラオケのイントロが再び流れ始める。
「次、誰ー?」
「ミナトさん!」
「逃げるな!」
わっと盛り上がる店内。笑い声。酒の匂い。うどんの出汁。スマホ通知音。誰かの修羅場配信。全部が混ざり合いながら、年末の夜は、まだまだ終わりそうになかった。
店の空気が、また少し変わり始めていた。配信者たちが本格的に配信を始める。リングライトが点灯し、スマホスタンドが並び、あちこちから「こんばんはー」という挨拶が聞こえ始めた。視聴者達への挨拶だ。
「じゃ、うちらも始めますか」
ねえさんが、テーブルへスマホスタンドを置く。そして、配信アプリを立ち上げ、カメラを調整して、声を出した。
「こんばんはー!新宿二丁目アンダーウェアからお送りしております!」
途端に、いつもの“配信モード”へ切り替わる。声のトーンが少し上がり、表情も明るくなる。けれど、不自然さはない。その切り替えの上手さが、ねえさんの強みだった。
「今日は誕生日会でーす!」
コメント欄が一気に流れる。
『おめでとう!』
『店の雰囲気いい!』
『うどん食べたい』
『後ろイケメンいる』
「あ、後ろのイケメンは見ないでください」
ねえさんが即座に言う。
「今日、空気を持ってった男なので」
「言い方」
私は笑ってしまった。コメント欄には、すぐに“歌ってた人?”という反応が増え始める。
「そうそう。さっき昭和ラブソングで店を壊しかけた人」
ねえさんが適当に説明すると、周囲が笑った。その時だった。
「あっ」
ねえさんがスマホ画面を見て、声を上げる。
「小牧君からコラボ申請きた」
店内の配信者たちが、一斉に反応した。
「早い!」
「電気復旧した?」
「生きてた?」
ねえさんは笑いながら通話ボタンを押した。数秒後、画面に小牧君が映る。
『もしもーし!』
かなり騒がしい。外にいるらしく、後ろでは車の音がしていた。
「小牧君、生きてた?」
『いや、マジ焦った!』
小牧君が大声で言う。
『家帰ったら真っ暗でさ!』
「だから電気代払いなさいって」
『払ったよ今!コンビニで!』
コメント欄が爆速で流れる。
『また止められてるw』
『年末恒例』
『芸人すぎる』
「ほんとお騒がせなんだから」
ねえさんが呆れながら笑う。
『いや違うんだって!大阪いたからタイミング悪くて!』
「毎回言ってない?」
『今回はガチ!』
店内が笑いに包まれる。小牧君は33歳とは思えないくらい騒がしかった。悪い人ではないのだろうけれど、“放っておくと生活が崩壊するタイプ”の人間だというのは、画面越しでもよく分かる。




