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ファーストコンタクト~私の宇宙人彼氏はお金を出さないけど、光を降らせる~  作者: 夏目奈緒


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5-6

 照明が少し落ちた店内で、ルークがマイクを持つ。その瞬間、不思議なくらい空気が静かになった。配信準備をしていた人たちまで手を止めている。


「いかないで……」


 低く、柔らかな声が店内へ広がった。


「いかないで……」


 ぞくり、とした。隣でミナトさんが小さく息を呑むのが分かる。ルークの歌声は、上手いというより危険だった。感情を押しつけてくるわけじゃない。なのに、気づくと引き込まれている。まるで、静かに首へ手を回されるみたいに。逃げるタイミングが分からなくなる。


「ひとりにしないで……」


 店のざわめきが、完全に消えていた。さっきまで騒いでいた常連たちも黙っている。吉田さんでさえ、カウンターに肘をつきながら真顔で聴いていた。私は思わず視線を逸らしかける。こういう時のルークは、少し怖い。普段はふざけてばかりなのに。歌っている時だけ、別人みたいになる。感情の奥を、そのまま声に乗せてくる。


「……やば」


 誰かが小さく呟いた。それくらいしか、言葉が出ない。ルークは目を閉じたまま歌っている。照明が横顔へ落ち、睫毛の影が頬へかかる。低音が、胸の奥へ沈んでくる。店の空気が、完全にルークへ支配されていた。


 その時だった。入口の扉が開く音がした。けれど、誰もそちらを見ない。みんな歌に引き込まれている。私はなんとなく振り返った。そして、目を瞬かせる。


「あ……」


 入口に立っていたのは、スタイリッシュねえさんだった。長いコートを脱ぎかけたまま、店の中を見て固まっている。


「……なにこれ」


 ぽつりと呟く。


「店入った瞬間、空気がドラマなんだけど」


 私は思わず吹き出しそうになった。その瞬間にも、ルークの歌声は静かに流れている。


「そばにいて……」


 甘く、低く、掠れた声。ねえさんが、ゆっくりこちらへ歩いてきた。


「紫乙ちゃん」

「お誕生日おめでとうございます」

「ありがと。……っていうか誰あれ」


 小声で聞かれる。


「ルーク」

「知ってる。知ってるけど、今日やばくない?」


 私は苦笑した。


「今日は本気っぽい」

「いや、本気すぎるでしょ……」


 ねえさんはそう言いながら、私の隣の空いていた席へ腰を下ろす。その目は、完全にルークへ向いていた。店内も同じだった。みんな、黙って聴いている。酒を飲む手も止まっている。そして、歌が終わりに近づく。最後のフレーズ。


「いかないで……」


 静かに、音が消えた。一瞬。本当に一瞬だけ、店内が無音になる。そして次の瞬間。


「うわあああ!」

「やば!!」

「反則!!」

「だから好き!!」


 拍手と歓声が一気に爆発した。吉田さんがカウンターを叩いている。


「ちょっと待って、うち今日バーよね!?ライブ会場じゃないわよね!?」


 店内が大笑いになる。ルークは、そんな反応にも特に照れた様子はなく、小さく笑っただけだった。


「ありがとう」


 その一言に、また悲鳴みたいな歓声が上がる。


「だめだ、この男!」

「人たらし!」

「沼!」


 私は額を押さえた。


「……だから嫌なのよ、この人連れてくるの」


 すると、隣でスタイリッシュねえさんが真顔で言った。


「いや、毎回来て」


 思わず笑ってしまった。ルークはマイクを置きながら、こちらを見る。そして、悪びれもせず微笑んだ。


「紫乙。次、何を歌おうか」

「……もう好きにして」


 そう返すと、店の笑い声がさらに大きくなった。店内では、まださっきの歌の余韻が残っていた。カウンター席では、「やっぱ低音だよな」と誰かが語り合っているし、ミナトさんはスマホを見ながら「切り抜き欲しい……」と呟いている。


「今日の配信、絶対ルークさん切り抜かれる」

「タイトル、“店がライブ会場になった”とかになる」

「ありそう」


 笑いが起きる。その流れのまま、ねえさんとの話題は自然と今後のコラボ予定へ移っていった。


「そういえば紫乙ちゃん、年末のトンネル配信って、ほんとに行くの?」

「行きますよ」


 私はうどんの器を持ちながら頷いた。


「ねえさんとルークとの三人で」

「寒そう」

「絶対寒い」


 周囲から同情の声が飛ぶ。ねえさんは気にした様子もなく笑った。


「でも、数字出るのよ、ああいうの」

「まあねえ……」


 心霊スポット系は、年末になると妙に伸びる。そんな話をしている、その時だった。


「あっ」


 ねえさんが急にスマホを見ながら声を上げた。


小牧(こまき)君、また電気止められてる」


 店内の何人かが、一斉に反応する。


「えっ、また?」

「嘘でしょ」

「年末恒例じゃん」


 私はスマホ画面を覗き込んだ。配信サイトのおすすめページ。そこに、小牧君の配信が上がっている。タイトルは――。


『大阪から帰宅したら電気が止まっていた』


 視聴者数、4500人。


「うわ、めっちゃ見られてる」


 私が呟くと、ミナトさんが呆れたように笑った。


「また小牧が”電気止められた芸”やってる」

「芸って」

「いや、年に何回かやるのよ、彼」


 別の配信者が口を挟む。


「払うの忘れるんだって」

「横浜住みだよね?」

「そうそう。大阪から帰ったら真っ暗だったらしい」


 店内に笑いが広がる。小牧君は33歳の男性配信者だ。雑談と外出配信を中心に活動していて、生活感を隠さないタイプ。財布事情も、部屋の汚さも、寝坊も全部そのまま配信する。だから人気がある。


「コメント欄、“ブレーカーじゃなくて?”で埋まってる」

「絶対最初みんな疑うやつ」


 ねえさんが笑いながらスクロールする。すると、数秒後。


「あ、タイトル変わった」


 画面を見せてきた。


『これから電気代を払いに行く』


「早い」

「行動力だけはある」

「いや、止まってから動くな」


 店内から総ツッコミが入る。吉田さんなんて、カウンターで肩を震わせて笑っていた。

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