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ファーストコンタクト~私の宇宙人彼氏はお金を出さないけど、光を降らせる~  作者: 夏目奈緒


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5-5

 店内にはすでに数組の配信者たちが集まっていた。配信を始めている。さっき電車の中で見てきた。配信サイトのトップページにはお勧め配信の紹介がされていて、今日の誕生日会のタイトルを出している配信が掲載されていた。吉田さんの配信もだ。でも、本人がまた来ていない。吉田さんが少し心配そうに言う。


「紫乙ちゃん、ねえさんの配信見た?福岡を出るのが遅くなったみたい」

「もう新幹線着いてる頃だと思います」

「今日は騒がしくなるわねえ」


 吉田さんが楽しそうに笑う。


「シャンパン入れる?」

「入れる予定です」

「偉い。推し活の鑑」


 その時、ルークがふらりとカウンターへ近づいた。


「吉田君」

「なによ」

「今日はいやらしい目をしないでくれ」

「無理」


 即答だった。


「だって、あんた顔いいんだもの」

「困ったな」

「全然困ってない顔してるわよ」


 私は思わず額を押さえる。


「もう始まってる……」


 吉田さんは呆れたように笑った。


「ほんと不思議よねえ。紫乙ちゃんの隣にいると“彼氏感”あるのに、一人でいると急に“人生狂わせるタイプの男”になるの」

「褒め言葉かな?」

「警告よ」


 店内に笑いが広がる。奥のテーブルでは、すでに数人の配信者たちが配信準備を始めていた。スマホスタンド。モバイルバッテリー。リングライト。年末特有の、少し浮ついた空気。私はその雰囲気を眺めながら、小さく肩の力を抜いた。昼間のマリーズカフェとは、まるで別世界だった。現実と非日常の境界線みたいなこの場所が、私は結構好きなのだと思う。


「紫乙ちゃん」


 ふいに、吉田さんが少しだけ優しい声で言った。


「今年も来てくれてありがとね」


 一瞬、言葉に詰まる。吉田さんはいつも騒がしくて明るい。でも、時々、こうして真っ直ぐなことを言う。


「……こちらこそです」


 私は少し笑った。


「ここ、落ち着くので」

「もう〜、そういうこと言う〜!」


 吉田さんが大袈裟に胸を押さえる。


「だから好きなのよ、紫乙ちゃん」

「はいはい、営業しないでください」


 笑いながら返すと、隣でルークが静かに言った。


「君、ここだと安心した顔をするね」


 私は少しだけ目を瞬かせた。店の灯り。出汁の匂い。誰かの笑い声。騒がしくて、雑多で、少し変で。でも、ちゃんと人の温度がある。私は紙袋をカウンターへ置きながら、小さく息を吐いた。長い夜が、これから始まる。


 私たちは店の奥側、壁際のソファー席へ腰を下ろした。アンダーウェアの店内は、時間が経つにつれて少しずつ人が増えてきている。カウンター席では常連たちが酒を飲みながら話していて、奥では配信準備をしている人たちがリングライトの角度を調整していた。独特の雑多さ。けれど、それが妙に落ち着く。


「紫乙ちゃん、こんばんはー」


 席に着いた瞬間、向かいのテーブルから声が飛んできた。


「あ、こんばんは」


 私は軽く頭を下げる。声をかけてきたのは、常連のミナトさんだった。三十代半ばくらいの男性で、雑談配信を中心に活動している人だ。金髪に近い明るい茶髪で、ネイルも綺麗に整えている。見た目は派手だけれど、かなり気遣いのできる人だった。


「久しぶりじゃない?」

「クリスマス前、忙しかったので」

「配信見たわよー。イブのやつもすごかったけど、今月頭のトンネルへ行くやつで、怖いって思ったわー」

「あれ寒かったんですよ……」

「顔死んでた」


 思わず笑ってしまう。すると、別の席からも声が飛んできた。


「あ、ルークさんがいる!」

「ほんとだ」

「今日、歌う?」

「絶対、歌ってくださいよー」


 途端に、あちこちから視線が集まった。ルークはそんな空気にもまったく動じず、穏やかに微笑んでいる。


「いやほんと、ルークさんの歌好きなんですよ」

「前の“最後の歌”がやばかった」

「泣いたもん」

「低音えぐいんだよね」


 口々に名前が挙がる。ルークは時々、気まぐれに歌う。それが妙に評判なのだ。歌い始めると空気を持っていってしまう。次々とリクエストが飛ぶ。ルークは少しだけ困ったように笑った。


「注文が多いなあ」

「人気者だからよ」


 吉田さんが、カウンターからニヤニヤしながら言う。


「ほら、歌いなさいよ。今日は誕生日会なのよ。アタシの誕生日だと思ってもいいわよ」

「プレゼント扱い?」

「当然でしょ」


 店内に笑いが広がる。その時、ルークがふとこちらを見た。


「紫乙。何が聴きたい?」

「え、私?」


 急に振られて少し戸惑う。でも、少し考えてから答えた。


「……しっとりしたの」


 騒がしい曲より、今日はそういう気分だった。年末の夜。暖かい店内。誰かの笑い声。そんな空気の中で聴くなら、静かな歌がいい。ルークは小さく頷いた。


「分かった」


 そう言って立ち上がる。自然と、店の空気が少し変わった。カラオケの前へ向かうルークを、みんなが目で追っている。


「何、歌うんだろ」

「絶対やばいやつ」

「低音くるぞ……」


 誰かが小声で言った。ルークはタブレットを操作し、少しだけ考えてから曲を入れた。前奏が流れ始める。静かなギターの音。聞き覚えのある、昔のラブソング。


「あー……」

「その曲か……」


 常連たちがざわめく。ベテラン男性歌手の、有名な失恋曲だった。以前、ルークの声はその歌手に似ていると言われたことがある。少し掠れた低音。ハスキーなのに甘い声。耳元で囁かれているみたいに聞こえる歌い方だ。

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