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私たちは家族ぐるみの付き合いをしていて、よく黒崎隆さん――圭一さんのお父さんで、黒崎製菓の元社長から、自宅でのお茶に誘われる。その席で話題に上がったのが、伊吹さんが「会ってみたい」と言っていた人物だった。イーメディアという会社の社長で、デジタルカタログの制作や電子書籍販売を手がけている。飯塚さんという。
その飯塚社長が考案したキャラクター――“ゆず兄ちゃん”。知名度はほとんどないはずなのに、なぜか取引先の間でだけ売れているという、不思議な存在だ。発売日に、私がサイトを開いたのは開始から一時間後。その時には、すでにソールドアウトだった。――それを、ルークが欲しがった。しかも。
「“彼氏がどうしても欲しいって言って買わされた”って配信で言えば、視聴者が慰めてくれるよ」
などと、平然と言うのだから、たちが悪い。なのに。
(吉田さんにはケチなのよね……)
どうにも納得がいかない。
「ルーク。吉田さんがいやらしい目を向けてくるの、あなたのせいよ」
私はため息混じりに言う。
「“男でもいけそう”なんて言うからでしょ」
「僕は飯塚社長が気に入っているんだ」
話題が飛ぶ。
「墓の件は気の毒だった」
「ああ……、あれね」
思い出して、少しだけ顔が曇る。墓地までの坂道が急だったため、飯塚社長は土地の所有者に許可を取って手すりを設置した。それなのに、利用者から「邪魔だ」と苦情が出たのだ。
「良かれと思ってやったことなのにね……」
隆さんから聞いた話を思い出す。飯塚社長は四国の山間部出身で、そこから大きな会社の社長になった人物。その成功に対する嫉妬もあったのではないか――と。
「気の毒よね」
「そうだろう?」
ルークは静かに頷いた。そんな話をしながら、私たちは商品棚の前に立ったままだった。気づけば、何もせず場所を占領している。
「……レジへ行きましょうか」
そう言って動こうとした、そのときだった。ルークが、どこからかカゴを持ってきた。そして――、ぽん、ぽん、ぽん。目についた商品を、ためらいなく入れていく。
「ちょっと待って」
気づいたときには、カゴはほぼ満杯だった。焼き菓子も、コーヒーも、なぜかやたら多い。
「こんなに買わないわよ。戻しましょう」
「30日にコラボがあるだろう?買い物に行けない」
「それでも多すぎるのよ。スーパーで安いの買えばいいでしょ」
私は一つずつ戻そうと手を伸ばす。そのときだった。
「――こんにちは」
聞き覚えのある声。振り向くと、ユリウスさんが立っていた。相変わらず整った顔立ちで、穏やかな微笑みを浮かべている。最初に紹介されたとき、兄は面食いなのかと思ったほどの美形だ。けれどそれ以上に、性格がまっすぐで、きれいな人だと思う。
「ユリウスさん、こんにちは」
私は軽く頭を下げる。
「やっぱりこういうことだったのね。ごめんなさい。お兄ちゃんと一緒なんでしょう。ルークがどうしても来たいって言うから、何かあると思ったのよ」
「うん。デートじゃないから気にしないで」
そう言って、カゴを見て笑う。
「たくさん買うんだね」
「ルークがね……」
私は肩をすくめた。
「食費オーバーしそうで困ってるの」
「それはいけないね」
ユリウスさんはくすっと笑う。
「ルーク、半分に減らしたら?」
穏やかな提案。けれど、ルークは、ゆっくりと首を横に振った。
「お金は使うほど流れるんだよ」
にこやかに言い切る。
「宇宙銀行からいくらでも下ろせる。ちゃりんちゃりんって。ユーチューブでそういいう動画を見たじゃないか」
「馬鹿言わないで」
私は即座に返した。
「使えば減るの。現実見なさい。まったくもう。この宇宙人はだめね」
「大丈夫。僕がなんとかする」
その笑顔が、妙に自信満々で、逆に腹が立つ。そのとき、ルークの視線が、ふと奥へ向いた。つられて見ると、ソファーに座る兄の姿があった。ルークに呼ばれたのか、兄が立ち上がり、こちらへ歩いてくる。少しだけ呆れたような表情だ。
(ああ、来た……)
そして、ルークは、そのままレジへ向かった。兄も、ため息をつきながら後を追う。財布を取り出しているのが見えた。
「……ちょっと」
私は思わず声をかける。
「紫乙。よかったね。お兄ちゃんが買ってくれるそうだ」
「よくないわよ!」
即座に否定する。
「ルークの言うことを聞かないで」
「いや、構わない」
兄は落ち着いた声で言った。
「今年は、お前にクリスマスプレゼントを用意していなかったからな」
「……それとこれとは話が違うでしょ」
思わず苦笑がこぼれる。横で、ルークが楽しそうに笑った。――これが、いつもの光景だ。ルークは平然と人に甘え、兄はそれを受け入れる。そして私は、その間でため息をつく。けれど。
(……嫌いじゃないのよね)
このやり取りも。少しだけ騒がしくて、でも、どこか安心できるこの関係も。私は小さく息を吐きながら、レジへ向かう二人の背中を見つめた。




