5-1 宇宙銀行は使えません
12月28日、日曜日。14時
私は今、車を運転して、自宅から少し離れたカフェに来ている。名前はマリーズカフェ。全国展開している店で、席数が多く、長時間いても気にされにくい。友人同士のおしゃべりの場として利用する人が多い印象だ。年末も近くなり、すでに仕事納めに入っている人もいる。今日は混雑しているはずだ――そう予想していた。それなのに。
「ルーク。明後日にしない?」
ハンドルを握ったまま、私はため息混じりに言う。
「テディーベアが売り切れるよ」
「そんなことないわよ。在庫はあるでしょ」
「ううん。売り切れる」
「……もう」
結局、私は折れた。駐車場には、すでに多くの車が停まっている。中もきっと混んでいるはずだ。席を確保するのも一苦労かもしれない。けれど、ルークの目的は“席”ではない。買い物だ。マリーズカフェ限定のオリジナルテディーベア。手のひらサイズで、チェーン付きのキーホルダータイプ。クリーム色の生地に金の模様が入っていて、どこか和風の雰囲気がある。ホームページを見たルークが、どうしても欲しいと言い出したのだ。ついでに、焼き菓子とコーヒー豆も――という話まで出ている。
「ルーク。テディーベアだけにしてね。コーヒー豆は家にたくさんあるから」
「君が財布を出すことはない」
「そんなこと言っても、あなた、お金ないでしょ」
「どうにかなるよ。未来の貯金から支出すればいい」
「だから減るのよ、それ」
いつものやり取りだ。
「行こう。僕はコーヒー豆が欲しい。君に必要なものだ」
「……はいはい」
私は観念して車を降りた。私はコーヒーをよく飲む。理由は――ルーク曰く、ウォークインされる身体にはポリフェノールが必要だからだ。正直、本当かどうかは分からない。この人は、時々いたずら目的で私に変なものを食べさせる。激辛の冷凍食品や、味の濃すぎるラーメン。結局もったいなくて食べきってしまうのは私なのに、ルークは隣で楽しそうに見ているだけだ。本当に美味しいもののときだけ、彼はウォークインしてくる。味覚を共有して楽しむために。だから――。
(コーヒー、絶対なにかあるのよね……)
最近やたら飲ませたがるのも、怪しい。しかも、拒否しても、気づけば「飲みたい」と思わされている。意識操作。ほぼ強制だ。守護者の務めだと言い張るけれど、やりすぎだと思う。
(このままいったら、倒れるわよ……)
そんなことを考えながら、店に入った。やっぱり、混んでいる。人の声、コーヒーの香り、レジの列。けれど、想像していたほどではない。
「どう?そんなに混んでないだろう?」
「まあね……」
少しだけ拍子抜けする。
「テディーベアを買ったら、すぐ出るわよ」
「了解」
私たちは商品棚へ向かった。並んでいるのは、コーヒー豆、ドリップパック、インスタント、はちみつ。どれもパッケージがおしゃれだ。
「……あれ?テディーベアがないわね」
「あるよ。これ」
ルークが指さす。焼き菓子とコーヒー豆の間の小さなスペースに、十体ほど並んでいた。
「ああ……、可愛い」
思わず声が漏れる。値札を見る。1600円。ちょうどいい。まだ渡していなかった、ルークへのクリスマスプレゼント。代わりになるかもしれない。
「ルーク、これどこに置くの?」
「君の部屋に」
「……まあ、そうなるわよね」
「僕、いつもいるじゃないか」
当然のように言う。たしかに、そうだけど。
「じゃあ、これにしましょう。メリークリスマス」
「うん」
ルークは満足そうに頷いた。
「他にも買おう」
「だめ。予算オーバー」
「でも――」
「今夜は出かけるの。電車とタクシー代がかかるのよ」
ぴしっと言う。
「帰りも電車にすれば?」
「終電後よ。無理」
ルークが少しだけ目を細めた。
「今日は配信者の集まり?」
「そう」
私はテディーベアをカゴに入れる。
「スタイリッシュねえさんの誕生日」
「ああ、あの人か」
「福岡から来るのよ」
彼女は、私と同い年の配信者だ。コスプレで街を歩いたり、雑談配信をしたり、自由なスタイルで活動している。今月末には一緒に心霊スポットのトンネルに行く予定だ。コラボ配信。そして今日は――
「新宿二丁目のバー。アンダーウェアでねえさんの誕生日会」
「名前がすごいね」
「アキラママの店よ」
配信者が集まる、少し特別な場所だ。アキラママは吉田さんといって、兄の友人でもある。
「今日は夜中までいるつもり」
そう言うと、ルークは少しだけ考えるように黙った。その横顔を見ながら、私はふと思う。昼は現実。夜は、少しだけ非日常。そして、その間にいるのが、今の自分だ。テディーベアを手に取りながら、私は小さく息を吐いた。年末は、やっぱり忙しい。でも、こういう時間も、悪くないと思った。




