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気づけば、ミカンの皮をむきながらなんとなく話をしていて、30分が過ぎていた。本当は、もっと早く配信を始めるつもりだったのに。夕食までの一時間で軽くやろうと思っていたのに、完全にタイミングを逃してしまった。この後は動画の編集もある。時間は、もうあまり残っていない。
「……配信、どうしよう。あと30分しかないわ」
ぽつりと呟く。
「やるんだろう?」
ルークが当然のように言う。
「今日は“当たり”の日だよ」
「……当たりって?」
「ネタがある。僕が作ったものだ」
さらっと続ける。
「僕に嫉妬されたって、愚痴ればいい」
私は思わずため息をついた。――この人、本当にこういうところがブレない。
「やるわよ。せっかくだし」
気持ちを切り替える。
「じゃあ、始めるわね」
「うん」
スマホを手に取り、配信アプリを開く。深呼吸をひとつしてから、ボタンを押した。――配信開始。
「こんばんは。オツです」
いつもの挨拶。その瞬間、コメントが一気に流れ始めた。
――「きた!」
――「待ってた!」
――「昨日のやつやばかった!!」
一瞬で、空気が変わる。
「え、ちょっと待って、速い速い」
思わず笑う。同時に、視聴者数のカウントが跳ね上がる。百。二百。三百――。
「……なにこれ」
小さく呟く。明らかに、いつもと違う。
「クリスマスイブの、見てくれた人?」
問いかけると、コメント欄がさらに加速した。
――「見た!」
――「あれ何!?」
――「神回だった!」
――「彼氏さん何者!?」
「……あー、あれね」
少しだけ間を置く。説明はできない。だから――。
「クリスマスプレゼントよ」
軽く笑って言う。その一言で、コメント欄が爆発した。
――「ええええ!?」
――「スケールおかしいw」
――「どうやったの!?」
「企業秘密」
さらっとかわす。横で、ルークが小さく笑う気配がした。
「でもね」
少しだけ声のトーンを落とす。
「すごかったでしょ」
コメントが流れる。
――「綺麗だった」
――「泣いた」
――「忘れられない」
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「……でしょ」
小さく頷く。
「私もね、忘れないと思う」
その瞬間、視聴者数がさらに跳ねた。五百。六百。
「え、ちょっと待って。ほんとに何これ」
笑いがこぼれる。画面の向こうがざわついているのが、はっきりと伝わってくる。――完全に、バズっている。そのときだった。
「紫乙」
ルークの声。
「なに?」
「もう一個、やる?」
嫌な予感がした。
「……何する気?」
彼は楽しそうに笑う。
「さっきの“続き”」
「やめなさい」
「大丈夫」
その声は、不思議と確信に満ちていた。
「今なら、もっと面白くなる」
私は一瞬だけ迷う。――でも。コメント欄は、すでに期待で溢れている。この流れを止めるか、それとも――。
「……一回だけよ」
小さく言う。ルークが、満足そうに頷いた。次の瞬間。画面の向こうで――、空気が、わずかに揺れた。コメント欄が一瞬止まる。そして、光が、ふわりと浮かんだ。シャボン玉のような、小さな光の球。スープの鍋で見た、あの現象と同じだった。それが、画面の中で静かに揺れている。次の瞬間。
――「え?」
――「なに今」
――「また来た!?」
――「やばいって!!」
コメント欄が、一気に爆発した。私は思わず笑ってしまう。――これは、すごいことになる。そう確信しながら、私は画面に向き直った。
「はい、ということで雑談です」
いつもの調子に戻す。
「今日はね、社長の家に行ってきました」
コメントが流れる。
――「忙しいね!」
――「仕事納めじゃないの?」
――「29日も行くの!?」
「そうなの。ちょっとね、家族が体調崩してて」
やわらかく説明する。
「人手が必要で、しばらくお手伝いすることになったの」
コメント欄の流れが、少しだけ落ち着く。ルークが配信に入り、しばらく話をした。そして、30分経ち、私は一度、息を整えた。
「オツからの指令です」
少しだけ声を整える。
「今日はね、お風呂にゆっくり浸かって、身体を休めてください。仕事納めの人は、お疲れさまでした」
コメントが流れる。
――「了解!」
――「オツかれ!」
――「優しい…」
――「オツさんもね!」
その言葉を見ながら、私は小さく笑った。
「じゃあ、今日はこのへんで終わるね。明日の夜は怪談ナイトです。兄の元に寄せられた不思議現象の話と、最新の心霊スポットの、トンネルの情報をお伝えします」
軽く手を振る。
「オツかれさま」
コメント欄が、一斉に流れる。
――「オツかれ!」
――「またね!」
――「神回ありがとう!」
画面を閉じる。静けさが戻る。けれど、その余韻は、確かに残っていた。長い一日が、ようやく終わる。私はスマホを置きながら、静かに息を吐いた。




