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マンションには、ほどなくして到着した。外観はどっしりとしていて、いかにも重厚な造りだ。壁面の質感からしても、相当な造り込みがされているのが分かる。中はきっと、驚くほど静かなのだろう。エントランスに足を踏み入れると、ちょうど中から数人が出てきた。雑誌の一ページから抜け出してきたような装い。洗練された服、無駄のない立ち居振る舞い。この建物の空気そのものが、そういう層を選んでいるようだった。
(……社長に合っている感じね)
そんな印象を、自然と抱く。
「えーっと……、押さないとね」
気持ちを切り替えて、インターホンに手を伸ばす。名前を告げると、すぐにロックが解除された。エレベーターに乗り込み、上階へ向かう。鏡に映る自分をちらりと確認する。大丈夫。特におかしなところはない。
「緊張してる?」
隣でルークが尋ねる。
「少しね」
「大丈夫だよ」
「……何が?」
「君なら」
その一言だけで、少しだけ肩の力が抜けた。行き先は25階。高層階用のエレベーターだから、すぐ着くかと思っていた。けれど、意外にも、途中で何度か止まる。ドアが開く。けれど、誰も乗ってこない。静かなまま、また動き出す。
「……おかしいわね」
思わず呟く。
「誰も乗ってこないなんて」
「階段を使ってるのかもね」
「そんなわけないでしょう。15階以上よ?」
軽く首を振る。また、エレベーターが止まる。20階だ。ドアが開く。――やはり、誰もいない。わずかな違和感が、胸の奥に残る。
そのときだった。ルークが、すっと私のそばに寄ってきた。荷物を持ち直し、少し身をかがめる。そして、頬に、触れるようなキスをした。
「……え?」
思わず固まる。初めてのことだった。
「どうしたの?」
戸惑いながら問いかけると、ルークは少しだけ笑った。
「浮気するなよ、っていう意味」
「……馬鹿なこと言わないで」
呆れたように返す。
「するわけないでしょう。それに今日は恵介君もいるし、社長もいるのよ」
少しだけ視線を逸らす。
「……あなたもいるじゃない」
「それでもだよ」
さらりと返される。
「君って面倒見がいいからさ。年下に好かれやすいんだよね」
「そんなことないわよ」
「あるよ」
即答だった。
「覚えてる?高校の文芸部。彰人君」
「……懐かしい名前ね」
思わず苦笑する。
「しばらく会ってないわよ。たしか彼女もいるはず」
「そうだったね」
ルークが、柔らかく笑う。彼は、私の過去をよく知っている。守護者として、ずっと見てきたのだから。地球に来る前、ルークは私に言ったらしい。“浮気するなよ”と。けれど私は、その後、何人かと付き合った。彼はそれを止めることはできなかった。それは“ルール違反”になるから。ただ、見ていることしかできなかったのだという。
(……不思議な関係よね)
胸の奥で、静かに思う。私は、地球で生まれ直した存在だ。宇宙人のバカンスを案内するツアーコンダクター。そして、アルタイル軍に所属する宇宙連合軍の新人研修担当官。その資格を得るために、この星で経験を積んでいる。ルークは、その上司だった。三万機を指揮する司令官。そんな存在が、今はこうして、隣にいる。どうして恋人になったのか。その経緯は、まだすべてを知らない。少しずつ、教えられている途中だ。それは決まって、眠りに落ちる直前だ。夢と現実の境目で語られる、断片のような記憶。
エレベーターが、静かに最上階へと近づいていく。私たちは、言葉を交わさずに立っていた。ただ、わずかに残るキスの感触だけが、不思議と、胸の奥に残っていた。




