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ルークが荷物を持ったまま、社長の家の方へ視線を向けた。――その手前にある店にも、目が留まる。私が寄りたい場所だ。買いたいものがあった。事前に調べて、この店に置いてあることも確認している。
「じゃあ、次、行きましょう」
「コンビニ?」
「うん」
少し歩いた先のコンビニに入り、私はまっすぐ目的の棚へ向かった。迷うことなく手に取ったのは、酔い止めの飴。薬局に行けばドリンクタイプもあるけれど、私にはこの飴が一番手軽で、そしてよく効く。ただし、目的は車酔いではない。ルークにウォークインされたとき、時々襲ってくるめまいと吐き気。その対策だ。
ウォークイン中、私の思考は大きく変わる。たとえば、夕食の献立を考えるとき。普段なら、頭の中に料理の映像を思い浮かべて組み立てる。卵焼きを作ろうと思えば、その形や焼き色が自然と浮かぶ。けれど、ウォークインされている間は――それができない。どうやっても、頭の中は闇に閉ざされる。卵の残りの個数を思い出そうとしても、映像が出てこない。数を数える感覚さえ、足場を失ったように不安定になる。まるで、支えのない暗闇の中を歩いているような感覚だ。平衡感覚が狂い、軽いめまいが起こり、やがて吐き気に変わる。
ルークと出会ったばかりの頃は、これに慣れるまでが大変だった。彼は“思い浮かべる”ことで記憶を辿る。私はそれを共有できない。そこに、大きなズレがあった。戸惑い、困り――それでもどうにか折り合いをつけようとしていたとき、ルークが私をこのコンビニに連れてきたのだ。酔い止めの飴が効く、と。ウォークイン経験者たちの間では定番らしい。半信半疑だったけれど、試してみると確かに効果があった。
それ以来、私はこの飴を常備するようになった。頻繁に使うわけではない。ウォークインの時間が長くなりそうなとき――そのときだけだ。私は迷わず、箱ごとカゴに入れた。見つけたときに買っておくと安心する。
「一貴さんも使うから、まとめ買いが必要ね」
「このメーカー、オンラインでは買えないんだろう?」
「ええ。他のメーカーならあるけどね。でも、私も一貴さんも、センダ製薬のこれが一番合うのよ」
袋を軽く持ち上げて見せる。
「備えあれば憂いなし、ね」
一貴さんとは、来週会う予定だ。“ウォークインされる者同士の交流会”という名目のお茶会。そこに、マカオ在住の男性もビデオ通話で参加するらしい。最近の出来事や、新たなコンタクトについて情報交換する場だ。そのとき、この飴を分けようと思っている。
一貴さんは入られる人数が多い。ヨークとウーリに加え、重要な意思決定の場では、さらに別の存在も入ってくるという。だから、消耗も激しい。この飴が手放せない理由も分かる。入手しづらいのも難点で、秘書の六槍君に頼んで、わざわざ遠くまで買いに行かせていると聞いた。少しでも役に立てるなら、渡したい。
そんなことを考えていると、ルークがふらりとお菓子コーナーへ移動した。何をするのかと思えば、棚の奥に手を突っ込み――、小さな袋を次々と取り出す。
「紫乙。これも買おう」
気づけば、レーズン菓子が五袋。
「僕が荷物を持つから、まとめて買っていこう」
「……レーズンばかりね。すっかりハマったのね」
「君にウォークインして食べるから、一人分でいいよ」
平然と言う。
「僕が単体で食べるなら、これじゃ足りない」
「はいはい。宇宙の大食い大会に出た人は違うわね」
軽くため息をつく。
「カロリーが気になるから、一日一袋よ」
そう言いながら、レジへ向かう。会計は、いつものようにルークが――私の財布から。慣れた光景だ。袋を受け取り、店を出る直前、ルークがふと立ち止まった。
「これ、飲んでみたい」
視線の先には、コンビニのコーヒーマシン。新商品の豆らしい。
「私は今、飲みたくないのよ」
「帰りでいい」
「じゃあ、そうしましょう」
外に出ると、空気がひんやりと頬に触れた。朝ほどの冷たさではない。でも、冬の匂いはしっかり残っている。
「行きましょうか」
私は歩き出した。目的地は――五十里邸。都内の高級マンション。エントランスに近づいた瞬間、空気が変わるのが分かる。静かで、整っていて、どこか、張り詰めた気配。ここから先は、少し違う世界だ。




