4-1 社長宅
12月26日、金曜日。午前9時。
今日はこれからスーパーに立ち寄り、食材を買い揃えた後、五十里社長の自宅を訪問する予定だ。恵介君に頼まれている品を渡し、そのまま数日分の食事を作ることになっている。
私は始業時間に合わせて家を出た。社長宅まではタクシーで10分ほど。距離としては近い。今回指定されたスーパーは、オーガニック食材が豊富に揃う店だ。調味料も体に優しい原材料で作られたものが多く、恵介君のマネージャーが普段から利用しているらしい。
今、私とルークはその店の前でタクシーを降りたところだった。本来なら自分の車で来てもよかったのだが、今回は社長の指示で、預かっている個人カードを使って移動することになった。買い物も含めて、すべてそのカードで支払う。
雪はすっかり止んでいたが、歩道にはまだ白い名残が残っている。滑らないよう、私は中央寄りを慎重に歩く。椎間板ヘルニアの持病があるせいで、足が上がらないことがあるのだ。つまずいて転ぶこともある。ルークはそんな私を気にして、自然と車道側から遠ざけるように位置を取っていた。
「さあ、スーパーに着いたわね。普段来ない店だから、どこに何があるか分からないかも」
「そうだね。でも、社長のリクエストなら仕方ない」
「時間はたっぷりあるわ。恵介君、9時までは寝てるって言ってたし。買い物していけば、ちょうどいいくらいね」
スマホでリストを確認しながらそう言う。卵、レタス、リンゴ、蕎麦(乾麺)。何度見てもシンプルすぎる。さらに社長からは、サツマイモチップスのリクエストが入っていた。この店のオリジナルで、オーガニック商品らしい。甘いものを避けがちな恵介君でも、それなら食べるだろうという判断だ。
「それだけでいいの?」
ルークが横から覗き込む。
「いいわけないでしょ。数日分の食事、作るんだから」
私は即座に答えた。
「たんぱく質と野菜、ちゃんとバランス取らないと」
「任せるよ」
あっさりと言う。こういうとき、ルークは完全に丸投げだ。自動ドアをくぐると、暖かい空気が体を包んだ。店内は思ったより混雑している。雪の翌日だからだろう。私はすぐにカゴを取り、売り場を回り始めた。卵、レタス、リンゴ。それに加えて、鶏むね肉、豆腐、きのこ類、ブロッコリー、トマト。さらに、だしや調味料も確認する。
「これも必要ね……、あとこれも」
手際よくカゴに入れていく。その横で――
「こっちの方がいい」
ルークが指差した。同じ豆腐でも、少し値段の高い方だ。
「またそれ?」
「味が違うよ」
「分かるの?」
「分かる」
迷いのない即答だった。
「……はいはい」
結局、そちらをカゴに入れる。こうして、じわじわと予算が膨らんでいく。今日は荷物持ちがいる。だから遠慮なく、カゴを二つに増やした。社長から冷蔵庫の中身は聞いている。足りないものを補う形だ。三日分としては、これくらいでいいだろう。恵介君は食事量が少ない。量は控えめに、その代わり品目数を増やすよう意識して選ぶ。
レジに並びながら、私は財布を取り出した。中には、社長から預かっている個人カード。普段なら絶対に使わない類のものだ。
「……落としたら終わりね」
思わず小さく呟く。
「気をつけて」
ルークが珍しく真面目な声で言った。会計を済ませ、カードを丁寧に戻す。レシートはすぐに財布へ。絶対に失くせない。これも仕事の一部だ。そして、袋を持ち直して、店を出る。
「……重い」
「そっちも持とうか?」
「お願い」
素直に差し出すと、ルークが軽々と受け取る。こういうところは、ちゃんと頼りになるのだ。




