15-1 最後の一秒まで
翌日。8月13日、木曜日。14時。
私は聖加世病院の循環器内科病棟の病室で、ベッドに横になっていた。午前中、循環器内科の担当医から診察を受け、詳しい検査が始まっている。すでに心エコー検査とホルター心電図の装着は終わった。胸には電極が貼られ、小型の記録装置が腰に取り付けられている。明日は心臓MRIを受ける予定だ。運動負荷検査については、今回の失神発作を考慮し、安全面から中止になる可能性があると説明された。
現時点で最も疑われている病名は、『肥大型心筋症』だ。高知で聖河さんから指摘された心雑音と、昨日の失神発作がその理由だった。これから5日間かけて精密検査を行うため、入院が必要になるという。そうなると、会社を休まなければならない。今週はお盆休みだから問題ない。でも、来週からは通常業務が始まる。そこで兄が会社へ連絡を入れてくれ、事情を説明してくれた。
その知らせを受け、玲司さんは約2時間後には病院へ駆けつけてくれた。しかも、一人ではなく恵介君も一緒だった。幸い、私の容態は落ち着いていたため面会許可が下りたものの、一般の面会時間は15分程度と決められている。病状については、ほとんどを兄とルークが説明してくれることになった。
私はベッドの上で身体を起こし、病室へ入ってきた玲司さんへ頭を下げた。休日にもかかわらず、玲司さんは濃紺のスーツ姿だった。担当医へあいさつをすることも考え、会社の代表として失礼のない服装で来たのだという。両手いっぱいに抱えられた見舞いの花は色鮮やかで、籠いっぱいに盛られたフルーツまで用意されていた。殺風景だった病室が、一気に明るい雰囲気になる。兄は小声で私に教えてくれた。
「見舞いに来る人の服装や立ち居振る舞いも大切なんだよ」
「そうなの?」
「会社の代表として来ている以上、その姿勢も含めて評価されることがある」
私は半信半疑だった。医師や看護師さんが服装だけで対応を変えるとは思えない。すると、その話を聞いていた玲司さんが小さく笑った。
「月島さんの言うことも間違いじゃないよ」
玲司さんは穏やかな口調で続ける。
「君はファーストコンタクトの社長秘書だ。病院の中でも、その立場を背負っていることになる」
私は思わず姿勢を正した。
「ちゃんと療養して、検査を受けてくれ。それも仕事の一つだからね」
「はい。そうします」
私はもう一度頭を下げる。
「お休みのところ、本当にありがとうございました」
「謝らなくていい」
玲司さんは優しく首を横へ振った。
「秘書室からも交代で見舞いに来る予定だ。ただ、君と親しい山川さんは、ちょうど四国へ旅行中でね。まだ東京へ戻ってきていないんだ」
「そうだったんですね」
「仕事のことは心配しなくていい。有給休暇も十分残っている。まずは有休を使って療養しよう。その後の手続きは全部こちらで進める。必要な書類は病院まで届けるから安心してほしい」
「何から何まで、本当にありがとうございます」
玲司さんは微笑むと、ふっと表情を和らげた。
「高知では無理をしたんだろう。でも、旅行は楽しかったか?」
「はい」
私は自然と笑顔になった。
「玲司さんがおっしゃっていたとおり、地元の新聞には謎の光が目撃されたという記事が載っていたそうです」
「やっぱりな」
玲司さんはどこか嬉しそうに笑う。
「あのお祭りは毎年、不思議な出来事があるんだ。僕も一度行ってみたいと思っていてね」
そこで、玲司さんは隣に立つ恵介君へ視線を向けた。
「恵介。君も何か話したらどうだ?」
そう言いかけたところで腕時計へ目を落とす。
「ああ、もう15分か」
少し残念そうに息をつく。
「今日はこの辺で失礼するよ。また明日来る」
恵介君は静かに頷き、花の向きを整えてから私へ微笑みかけた。
「また来ます。ゆっくり休んでください」
二人は静かに病室を後にした。兄も見送りのため、一緒に部屋を出ていく。兄は家族として比較的長く病室へいることが認められていた。一方で、ルークは恋人という立場のため、病院の規定では一般の面会者と同じ扱いになる。それでも兄が、二人は同居して生活していますと説明してくれたおかげで、通常より長い時間付き添うことを許可してもらえた。もちろん、付き添いの中心は兄になる。私はその判断で良かったと思っていた。ルークには、地球でもアルタイルでも果たさなければならない役目がある。だからこそ、今は無理をしてほしくなかった。
ルークは今、プラセルから依頼されたTシャツのデザイン制作を進めている。依頼されたデザインは全部で10点。病室ではノートパソコンとタブレットを広げ、私の様子を気にかけながら、一枚ずつ丁寧にデザイン画を描いていた。
もちろん、それだけでは終わらない。今夜はハトホルの施設へ向かい、事務仕事もこなすそうだ。ハトホルである兄の補佐をするためだ。昨夜も行っていた。それなのに、ウォークインをして、自分のエネルギーの一部を私の身体へ送り続け、一晩中そばについていてくれた。そのおかげで、私は不安が減っていた。しかも、それは昨夜だけではない。今夜も同じように私を支えるつもりだと、ルークは何でもないことのように話していた。
「ルーク。少しは休んでね」
「一貴君が今日来るから、それまでに、2点は仕上げておきたい」
「まったく、もう。あなたまで倒れたら、どうするの」
「宇宙船でカプセルに入って寝るから平気」
私はルークを見つめながら、小さく息をつく。私のために、どれだけ無理をしているのだろう。仕事も、兄の手伝いも、私を守ることも、そのすべてを当たり前のように引き受けてしまう。だからこそ、これ以上負担をかけたくない。早く元気になりたい。そんな思いが、胸の奥で静かに膨らんでいった。




