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画面の向こうで母が目を潤ませながら笑った。その隣では父も目尻を下げ、何度も頷いている。
「無事で良かった。本当に良かった」
その一言を聞いただけで、私はまた涙があふれてしまった。
「ごめんなさい……、心配かけて」
「謝ることなんてないよ」
父は穏やかに首を横へ振った。
「君は約束どおり帰ってきてくれた。それだけで十分だ」
「でも、私はまだ帰れていないわ」
「それでもいい」
今度は母が優しく微笑む。
「こうして声を聞かせてくれたでしょう?それだけでも私たちは安心できたの」
私は何度も頷きながら涙を拭った。すると、兄が驚いた顔になった。記憶の中にいる人と同じだという。兄もハトホルでの自分の記憶を取り戻しつつあるが、夢の中のことではないかと思っていたそうだ。ユリウスさんもハトホルの職員であり、二人は地球での人生を終えた後、ハトホルが迎えに来て帰っていき、再会できる。そういう約束は記憶の中にあるし、ルークもそう話していたが、実際には不安があると言っていた。本当にそうだろうかと。でも、今、全てを思い出したと言い、微笑んだ。
「……懐かしいな」
兄のその言葉に、父が画面越しに視線を向ける。父はすぐに兄のことが分かったようだった。
「凰李君じゃないか。ルシ……、ああ、君のハトホルでの名前は、ここでは呼べないんだった。すまない」
兄も頭を下げる。
「ご無沙汰しています」
私は泣きながら二人を見比べた。
「お兄ちゃん、パパを知っているの?」
「知っているよ」
兄は懐かしそうに笑う。
「以前、ハトホル協議会へ出席した時に何度かお会いしている。君のお父さんには、その時に随分お世話になった」
父は照れくさそうに笑った。
「僕は少し案内をしただけだよ」
「それでも助かりました」
兄はそう言って、もう一度頭を下げた。私は思わず笑ってしまう。地球の兄と、アルタイルの父。まさか二人にそんなつながりがあったなんて思いもしなかった。
「世界は広いようで狭いわね」
私が言うと、その場にいた全員が小さく笑った。張り詰めていた空気が、ようやく和らいでいく。その隣で、ユリウスさんがそっと私の背中へ手を添えた。
「安心した?」
「……ええ」
「良かった」
保木君も優しく背中をさすってくれた。
「紫乙さんが笑ってくれて、本当に良かったです」
「ありがとう」
私は二人にも微笑み返した。父は画面越しに、ルークへ視線を向ける。
「ルーク」
「はい」
「ミレイニーを頼みます」
「もちろんです」
ルークは真っ直ぐ父を見つめ、静かに頷いた。
「必ず地球での身体を回復させ、無事に帰します」
「よろしくお願いします」
短い会話だった。けれど、そのやり取りには互いへの深い信頼が込められていた。母は涙を拭いながら私を見つめる。
「ミレイニー」
「うん」
「地球にも、あなたを大切に思ってくれる家族がいるのね」
私は隣にいる兄を見る。ユリウスさんを見る。保木君を見る。少し離れたところで静かに見守るアレクを見る。そして、私を支えてくれているルークを見上げた。
「うん」
自然と笑みがこぼれる。母も父も嬉しそうに微笑んだ。その笑顔を見た瞬間、胸の奥にあった不安が少しずつ溶けていく。私は一人ではない。地球にも、アルタイルにも、帰る場所がある。その二つの世界が、今この瞬間だけ、一つにつながっていた。私は両親へ向かって、もう一度大きく手を振る。
「待っていてね」
父と母も同じように手を振り返してくれた。
「ええ」
「いつでも帰っておいで」
その言葉を胸に刻みながら、私は画面の向こうの二人へ、涙を浮かべたまま微笑んだ。アレクは通信が切れたことを確認すると、小型端末を静かに閉じた。画面の光が消え、病棟の待合室には再び静かな空気が流れる。私はまだ胸がいっぱいで、さっきまで画面の向こうにいた父と母の姿を思い返していた。すると、そのタイミングで聖河さんが立ち上がった。
「担当医を呼んでくる」
兄が顔を上げる。
「何かあったのか?」
聖河さんは安心したように頷いた。
「紫乙さんが意識を取り戻したらしい。さっき病棟から連絡が入った」
「本当?」
ユリウスさんが嬉しそうに顔を上げ、保木君も思わず笑顔になる。兄は大きく息をつき、胸に手を当てた。
「よかった……」
みんなが安堵している。その様子を見ながら、私は思わず首をかしげた。
「え……?」
私はここにいる。こうして兄の隣に立って、みんなと話している。どういうことなのだろう。不思議そうにルークを見上げると、彼は私の表情だけで何を考えているのか分かったようだった。
「不思議だろう?」
「うん。私、ここにいるのに」
ルークは静かに頷く。
「今、君の身体に入っているエネルギー体は、僕の一部なんだ」
「……え?」
私は目を丸くした。
「僕はラファエル天使の遣いだからね。自分のエネルギーを分けて、一時的に生命活動を支えることができる」
私はルークの顔を見つめる。穏やかに笑っているけれど、その瞳には少しだけ疲れがにじんでいた。
「君の魂がアルタイルへ来ている間、僕が君の身体を支えていた」
「そんなことが……、できるの?」
「長い時間は無理だけどね」
ルークは少し肩をすくめた。
「でも、その役目はもう終わりだ」
そう言って、私の肩へ優しく手を置く。
「君は戻れるよ」
その一言に、胸が熱くなった。病室で眠っている自分。そのそばには、兄たちがいる。私はまだ生きている。
「……うん」
私は力強く頷いた。
「帰る」
ルークは安心したように微笑み、そっと私を抱き寄せる。
「行こう、紫乙」
その瞬間、柔らかな白い光が私たちを包み込んだ。光は静かに広がり、待合室も、兄たちの姿も、ルークの姿も、すべてが淡く霞んでいく。意識がゆっくりと沈み、温かなぬくもりだけが残った。
――次に目を開けた時。私は、自分の身体へ戻っていた。周りには医師や看護師がいて、私に話しかけていた。やがて、兄たちが呼ばれて、私は二度目の再会をすることができた。零れ落ちた涙がシーツを濡らし、私は何度もみんなの名前を呼んだのだった。




