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気が付くと、私の身体が淡い光に包まれていた。私を抱きしめているルークの腕も同じように輝いている。その光は波紋のようにゆっくりと広がり、やがて静かに収束すると、ふっと消えた。その瞬間、不思議な浮遊感が消え、私は床へしっかりと立っていることに気付く。
「あれ……」
さっきまで私はベッドの上で裸足だったはずだ。視線を落とすと、足元には見覚えのあるサンダルがあった。地球のショッピングモールで見掛けた、エスニックファッションブランドのものによく似ている。服も同じだった。柔らかな生地に繊細な刺繍が施され、私が「かわいい」と言って眺めていたデザインそのままだ。
「ルーク。この服とサンダルは?」
「君が欲しがっていただろう?」
ルークは穏やかに微笑んだ。
「だから買っておいた。こちらへ持ってきていたんだ」
「でも、まだ地球のお金は持っていないでしょう?」
「両替はできるよ。アレクに頼んでおいた。もちろんアルタイル軍でもできるけれど、今日のために準備しておきたかった」
「……今日のため?」
思わず聞き返す。
「こうなることを知っていたの?」
「分かっていたのは、旅行から帰った後ということだけだ。身体のことだから、正確な日時までは読めない」
そう言うと、ルークは私へ優しく手を差し伸べた。
「さあ、行こう」
私はその手を握る。ルークはもう一度私を抱き寄せると、右手を静かに掲げた。たちまち私たちは光に包まれる。その光の中には、無数の映像が浮かび上がっていた。ファーストコンタクトで働く私。玲司さんの家で料理をしている私。保木君とアレクへお茶のおかわりを淹れる私。羽田空港を歩く私。そして、兄とユリウスさん。どれも私が大切にしてきた時間だった。
ルークは光の奥にそびえる巨大な像へ向き直る。その姿勢は、いつもの穏やかな彼とはまるで違っていた。背筋を伸ばし、軍人らしい凛とした声で告げる。
「これより、ハトホル殿にお仕えいたします。彼女の帰還時期については、僕が責任を持って報告いたします」
像の奥から、聞き取れない言語が静かに響いた。ルークは敬意を込めて一礼する。
「承知しました。ランズクリイム閣下の船へ乗船いたします。彼女をお守りください」
その言葉が終わると同時に身体がふわりと軽くなり、景色が一変した。私たちは虹色に輝く巨大な断崖の前へ立っていた。転生の時に見た場所によく似ている。しかし、今回は飛び込まない。一隻の宇宙船が静かに近付き、虹色の光が私たちを包む。次の瞬間には船内へ移動していた。ルークは私を支えながら聞き慣れない言葉を短く唱える。船は音もなく加速し、星々が一筋の光へ変わっていった。
そして、ほんの数秒後。気付けば、私は蛍光灯に照らされた廊下へ立っていた。宇宙船の姿はどこにもない。消毒液の匂い。白い壁。行き交う医療スタッフ。ここが聖加世病院だとすぐに分かった。
「凰李たちは病棟の待合室にいる。今、医師から説明を受けているところだ。聖河君も来ているよ」
「分かったわ。行きましょう」
ルークに支えられながら歩き始める。まだ足元はおぼつかない。曲がり角を抜けた瞬間、待合室が見えた。兄がユリウスさんと並び、聖河さんの説明を真剣な表情で聞いている。その姿を見た瞬間、胸が熱くなった。すると、保木君が、私を見て目を見開いた。
「……紫乙さんですよね!?」
その声で兄が振り返る。けれど、兄の視線は私を通り過ぎていく。見えていない。
「お兄ちゃん!」
私は思わず駆け出した。足がもつれ、ルークに支えられながら、それでも兄のもとへたどり着く。恐る恐る抱きしめると、温もりがはっきりと伝わった。触れられると分かった。
「紫乙なのか?」
兄は戸惑いながら周囲を見回している。私は何度も頷いた。
「お兄ちゃん!」
「どこにいるんだ」
「ここよ!」
私は叫ぶように言った。でも、兄の視線は私を捉えない。保木君は私が包まれている光が分かると言って、そっと触れてきた。でも、指先は空を漂う。彼も私に触れられないことが分かった。それでも、私の方からはみんなに触れることができた。
「お兄ちゃん!ここよ!」
私は兄にすがった。すると、その時だ。アレクが小型端末を取り出し、素早く通信を始めた。
「ブルーハイサービス特約の適用条件を確認。対象者との一時接触を要請します」
言葉が終わると同時に、兄の表情が大きく変わった。私のことが見えたのだと分かった。驚いた顔をしている。そして、兄は迷わず私の手を握った。
「紫乙!」
「お兄ちゃん!」
次の瞬間、兄は私を強く抱きしめた。その温もりに、私は涙がこみ上げる。身体が急に重みを取り戻し、ふわりと浮いていた服の裾が静かに落ちた。地球での姿として、この世界へ重なることができたのだ。
兄に抱きしめられたまま、私はしばらく動くことができなかった。胸の奥に張りつめていたものが、一気にほどけていく。生きている。兄に触れられる。その当たり前のことが、こんなにも幸せだったなんて。
「紫乙……」
兄は私の肩を抱いたまま、小さく息をついた。
「本当に無事だったんだな」
私は何度も頷いた。言葉にしようとしても涙ばかりがあふれ、うまく話せない。その様子を少し離れたところから見守っていたアレクが、一歩前へ出た。
「紫乙さん」
私は涙を拭いながら振り向く。
「アルタイルへ一時滞在されましたが、ご家族との面会はどうされますか」
「え……?」
一瞬、意味が分からなかった。ルークが静かに説明する。
「アルタイルでは、実家の家族が君の帰りを待っている。今なら通信をつなげられるよ」
その言葉を聞いた途端、胸が大きく震えた。そこで、私は思い出した。アルタイルの、お父さんとお母さんのことだ。私には両親がいた。地球へ来る前、見送ってくれた。帰ってくる日を待っていると言って、笑って送り出してくれた。涙がまたあふれてくる。その瞬間、私はアルタイルでの記憶がよみがえった。地球に来る前にパレードがあり、両親が私に手を振ってくれていた光景だ。
「……会いたい」
震える声でそう言うと、ルークは優しく頷いた。
「ここで話そう」
アレクが小型端末を操作し、私へ差し出す。画面が淡く光り、すぐに映像が映し出された。そこにいたのは、一人の女性だった。私は息をのむ。
「……ママ」
間違えるはずがない。キッチンで食器を片付けている後ろ姿。地球へ向かう前、挨拶へ行った時と同じ光景だった。髪を後ろでまとめ、穏やかな表情で片付けをしている。その姿を見ただけで、涙が止まらなくなる。地球にも母がいる。でも、アルタイルにも、私を育ててくれた母がいる。ずっと、私の帰りを待っていてくれた。
すると、女性がふと振り返った。画面越しに目が合う。その瞬間、彼女は目を見開いた。
「ミレイニー!」
懐かしい声だった。
「ママ!」
私は思わず画面へ手を伸ばした。すると、奥の部屋から一人の男性が姿を現す。優しい目元。落ち着いた雰囲気。私は思わず叫んでいた。
「パパ!」
父も驚いたように立ち止まり、それから満面の笑みを浮かべる。
「ミレイニー!」
二人は同時に画面へ近付き、大きく手を振ってくれた。その姿を見た瞬間、私は涙を流しながら、何度も何度も手を振り返した。




