表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ファーストコンタクト~私の宇宙人彼氏はお金を出さないけど、光を降らせる~  作者: 夏目奈緒


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
182/193

14-1 帰京

 翌日。8月12日、水曜日。14時。


 私たちは三日間の高知旅行を終え、高知龍馬空港から羽田空港へと戻ってきた。ここで昼食を済ませたら、それぞれ自宅へ帰る予定だ。けれど、兄もユリウスさんも保木君もアレクも、私の体調と荷物の多さを気にして、一度元麻布の家まで送ってから帰ろうと言ってくれた。


 原因は、ルークだ。空港で「あれも欲しい、これも欲しい」と目を輝かせ、お土産を次々と買い込んだ結果、私たち二人だけでは到底持ち切れない量になってしまった。紙袋や箱がいくつも増え、結局、兄たちまで荷物を分担して運んでくれている。本人は悪びれる様子もなく、満足そうな笑顔で袋を眺めているのだから、怒る気も失せてしまう。


「東京に帰ってからも楽しめるね」


 そう言って笑うルークに、私は苦笑しながら肩をすくめた。


「誰が運ぶことになると思ってるの」

「みんな」


 即答だった。その答えに、兄たちまで思わず笑ってしまう。こういうところは、本当にルークらしい。私たちは、そのまま空港内のラウンジへ向かった。お目当ては、ここの名物でもあるビーフカレーだ。ルークとアレクが「一度食べてみたい」と朝から楽しみにしていて、それを聞いた兄が「それなら最後に寄っていこう」と提案してくれたのだった。


 実は私も、このカレーが気になっていた。本当は空港内の和食店でざるそばを食べる予定だった。でも、お盆休みに入ったこの時期はどこも混雑している。ゆっくり座って旅の締めくくりを楽しもうということになり、比較的落ち着いて過ごせるラウンジを選んだのだ。


 三日間、本当によく歩いた。よさこい祭りの熱気を間近で感じ、高知の街を巡り、美味しいものを食べ、桂浜の景色を眺め、コンサートでは最高の時間を過ごした。少し疲れは残っているものの、それ以上に心は満たされていた。私は窓の外に並ぶ飛行機を眺めながら、小さく息をつく。楽しかった。そんな思いが胸いっぱいに広がっていた。


 ラウンジへ入ると、外の喧騒が嘘のように静かだった。大きな窓の向こうには、離着陸を繰り返す飛行機が並び、滑走路では整備車両が忙しそうに行き交っている。落ち着いた照明とゆったりとしたソファのおかげで、ようやく旅の終わりを実感できた。


「空いていて良かったわね」


 私がそう言うと、兄が頷く。


「ああ。和食屋はさっき見たら長蛇の列だったからな。ここにして正解だった」

「お盆だからね」


 ユリウスさんも窓の外を眺めながら微笑んだ。私たちは6人掛けのテーブルに腰を下ろした。ルークは席に着くなり、嬉しそうにメニューを開く。


「ビーフカレー!」

「それしか見てないね」


 私が笑うと、ルークは真顔で頷いた。


「今日はこれを食べるために飛行機に乗ったんだ」

「違うでしょう」


 思わず笑ってしまう。アレクまで腕を組みながら頷いている。


「僕も楽しみでした」

「二人とも、本当に好きなんだね」


 保木君が苦笑すると、兄も笑った。


「ここまで期待されるカレーも珍しいな」


 全員が同じビーフカレーを注文し、飲み物だけそれぞれ好きなものを頼んだ。少し待つと、香辛料の香りと一緒に湯気を立てたカレーが運ばれてくる。


「おお……」


 ルークの目が輝いた。


「美味しそう」

「いただきます」


 みんなで手を合わせ、スプーンを手に取る。一口食べた瞬間、ルークが目を丸くした。


「美味しい!」

「本当だ」


 アレクも驚いたように頷いている。


「辛すぎなくて、肉が柔らかい」

「空港のカレーって有名なんだよ」


 兄が笑う。


「だから一度食べさせたかった」

「ありがとう」


 ルークは素直に礼を言うと、夢中で食べ始めた。その姿を見ているだけで、こちらまで嬉しくなる。私もゆっくりとスプーンを口へ運ぶ。牛肉はスプーンだけでほぐれるほど柔らかく、コクのあるルーがご飯によく合う。


「美味しい……」


 思わず呟くと、ユリウスさんが微笑んだ。


「紫乙さん、気に入った?」

「うん。また食べたいわ」

「東京へ戻る時の楽しみが増えたね」

「そうだ」


 自然と笑顔になる。三日間の思い出話をしながら食事は進んでいった。桂浜での出来事。よさこい祭りで見た演舞。コンサートのこと。ルークが買い過ぎたお土産のこと。何を話しても笑いが起きた。それだけ充実した旅だったのだ。食べ終える頃には、身体も心も満たされていた。私は温かいコーヒーを一口飲み、小さく息をつく。


「楽しかったね」

「また来よう」


 兄がそう言うと、全員が頷いた。


「今度は二泊じゃ足りない」


 アレクが真面目な顔で言う。


「三泊かな」

「四泊でもいいよ」


 ルークまで乗ってくる。


「あなた、本当に遊ぶのが好きね」


 私が呆れて言うと、また笑い声が広がった。その笑い声を聞きながら立ち上がろうとした、その時だった。


「……っ」


 胸が少し苦しくなった。ほんの一瞬だった。階段を駆け上がった後のように、呼吸が浅くなる。


(あれ……)


 私は誰にも気づかれないように、小さく息を吸った。少し息を整えれば治る。そう思った。高知でも歩き回ったし、今日は朝から飛行機に乗っている。疲れが残っているだけだろう。


「紫乙?」


 ルークが顔を覗き込んだ。


「大丈夫?」

「あ……、うん」


 私は笑顔を作る。


「ちょっと食べ過ぎたかも」

「珍しい」

「カレー、美味しかったから」


 そう答えると、ルークは安心したように笑った。でも、立ち上がった瞬間、もう一度だけ息が詰まるような感覚が襲ってきた。胸いっぱいに空気を吸えない。ほんの数秒。それだけで治まった。


(変だわ)


 私はそっと胸へ手を当てる。痛みはない。苦しさもすぐ消えた。だから誰にも言わなかった。高知で聖河さんに「心雑音がある」と言われたことが、一瞬だけ頭をよぎる。


 ――一度、大きな病院で検査を受けてください。


 あの穏やかな口調が思い出される。


(帰ったら予約しよう)


 そう思った。急ぐ必要はない。検査だけ受ければ安心できる。私はそう自分に言い聞かせた。


「行こうか」


 兄の声で我に返る。


「うん」


 荷物を持とうとすると、兄が首を横に振った。


「持つな」

「でも」

「今日は僕たちが運ぶ」


 保木君も紙袋を持ち上げる。


「紫乙さんはリュックだけでいいですよ」

「ありがとう」

「ルークさんのお土産、多すぎですよ」


 アレクが笑いながらルークを見る。


「悪かった」


 そう言いながらも嬉しそうなのだから、誰も本気では責められなかった。私たちはラウンジを後にし、到着ロビーへ向かった。羽田空港は相変わらず多くの人で賑わっている。旅行客。帰省する家族。大きなスーツケースを引く人たち。その流れに合わせて歩いているうちに、さっきの息苦しさはすっかり消えていた。


(やっぱり疲れかな)


 そう思い直す。空港を出ると、8月の熱気が身体を包み込んだ。


「暑い……」


 思わず声が漏れる。


「東京も負けてないね」


 ユリウスさんが苦笑した。兄はすぐにタクシー乗り場へ向かい、大型車を手配してくれた。しばらくすると、黒いジャンボタクシーが静かに横付けされた。運転手さんがトランクを開けると、兄たちは次々とスーツケースや紙袋を積み込んでいく。


「これで全部です」

「ありがとうございます」


 荷物を載せ終えると、私たちは車内へ乗り込んだ。冷房の効いた空気に包まれ、私はようやく肩の力を抜く。窓の外では、東京の景色がゆっくりと流れ始めた。高知で過ごした三日間が、少しずつ思い出へと変わっていく。私はその景色を眺めながら、もう一度だけ小さく胸に手を当てた。今は何ともない。だからきっと大丈夫。そう信じて、元麻布の自宅へ向かうタクシーに揺られていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ