13-44
21時半。
演舞場の祭りはフィナーレを迎えた。21時半を迎えて、祭りが終了したというアナウンスが流れ始めた。
『本部演舞場をご観覧いただき、ありがとうございました。ただいまより、係員の誘導に従って順番にご退場をお願いいたします。混雑緩和のため、お急ぎにならず、ゆっくりとお進みください』
その案内に合わせるように、観客席が少しずつ動き始める。それと同時に、演舞を終えた踊り子たちも待機場所へ移動を始めていた。汗で髪を濡らしながら笑い合う人。互いに肩を組み、「お疲れさま」と声を掛け合う人。仲間同士で固く抱き合い、最後まで踊り切った喜びを分かち合っている人もいる。
「頑張ったんだわ……」
私はその光景を見つめながら、小さく呟いた。勝ち負けだけではない。練習を重ね、この日のために積み上げてきた努力が、今ようやく終わったのだ。涙ぐみながら笑っている踊り子の姿を見ていると、こちらまで胸が熱くなる。
「終わった瞬間だね」
ユリウスさんが静かに言う。
「達成感もあるし、ほっとしている人も多いんだろう」
「ええ」
私は頷いた。毎年、祭りの最終日である後夜祭りの夜に、入賞チームが発表される。明日だ。昨日と今日の本祭で踊りが審査されるということだ。入賞や優勝を目指しているチームは多いと思う。でも、今は、無事に本祭が終わったという安心感に包まれているように感じた。
すると、その時だった。アレクが後ろを振り返り、少し離れた場所で待機していたベガ中央百貨店のディレクターへ軽く手を挙げた。
「こちらをお願いします」
ディレクターも頷き、小型端末を取り出す。少し前にも見たスマートフォンによく似たその端末は、高精細映像を記録できる撮影機器だ。アレクは演舞場全体が見渡せる位置へ立ち、ディレクターは静かに撮影を始めた。踊り子たちの笑顔。観客の拍手。祭りを締めくくる穏やかな空気。そのすべてが記録されていく。私は何気なく夜空を見上げた。その瞬間だった。
「あっ……」
思わず息をのむ。漆黒の空から、幾筋もの柔らかな光が静かに降り注いできた。一本や二本ではない。夜空いっぱいに、無数の光が広がっている。私は反射的に、その光の先を見上げた。
「えっ……!」
そこには、数え切れないほどの宇宙船が浮かんでいた。夜空に溶け込むような船。星のように小さく見えるもの。巨大な影を思わせるもの。形も大きさもさまざまだが、そのすべてが静かに高知の空を飛行している。
「すごい……」
私は言葉を失った。
「こんなにたくさん……」
思わず立ち上がりそうになる私の横で、アレクは穏やかに微笑む。
「驚きましたか?」
「もちろんよ。こんな光景、初めて見たもの」
私は夜空から目を離せなかった。まるで星空そのものが生きているようだった。
「でも、不思議ね」
私は周囲を見回した。誰も空を見上げていない。観客たちは普通に帰り支度をし、踊り子たちも仲間と話しながら歩いている。
「みんな気づいていないの?」
「ええ」
アレクは静かに頷いた。
「今日、この演舞場でこの光景を見られるのは、僕たちだけです」
「私たちだけ……」
「正確には、この場にいる一般の方々には認識できません。視認を制御していますから」
私は再び空を見上げる。あれほど大きな宇宙船が飛んでいるのに、誰一人として驚いていない。それが、かえって不思議だった。
「ただし」
アレクは続けた。
「市内の別の場所では違います」
「どういうこと?」
「視認制御の範囲外では、偶然目撃する方もいます。今夜だけでも、テレビ局や新聞社には『空に光る物体が見えた』『謎の飛行物体が飛んでいた』という情報が数多く寄せられるでしょう」
「そんなことになるのね」
「毎年、この規模になると珍しくありません」
私はもう一度、空を見上げた。宇宙船から降り注ぐ淡い光が、演舞場全体を優しく包み込んでいる。踊り終えた人々も、観客も、スタッフも、その光に照らされながら、それぞれ祭りの余韻に浸っていた。
「本当に……、すごい数だわ」
私が感嘆すると、アレクは夜空へ視線を向けたまま答えた。
「一番多いのは、ベガの船です」
「ベガの?」
「はい。それからアルタイルの船、そして、プレデアス星団の船も数多く来ています」
「みんな、お祭りを見に来ていたの?」
「そうです」
アレクは微笑んだ。
「よさこい祭りは宇宙でも人気があります。今日ここに集まっていた船の多くは、この祭りを観覧するために各星系からやって来た人たちなんですよ」
私は胸の前でそっと両手を重ねた。人間だけではない。地球の夏を彩るこの祭りは、星々を越えて、多くの人々の心まで魅了していく。
その時だった。ふいに、隣にいたルークが私の手をそっと握った。
「え?」
見上げると、ルークは私を見つめながら、にこりと優しく笑っている。さっきまでの穏やかな表情のままだ。
「……ルーク?」
「なに?」
「今日は本当にどうしたの?」
私は思わず聞いてしまった。
「優しすぎるというか、大人しすぎるというか……。何だか別人みたい」
すると、ルークは一瞬だけきょとんとした顔を見せた。次の瞬間――。
「べぇーーー」
舌をぺろりと出し、そのまま左右にレロレロと動かしてみせる。
「やーい」
「……!」
一瞬で現実に引き戻された。
「もう!」
私は思わず吹き出しそうになるのを堪えながら声を上げる。
「そういうことするから!」
「やっぱり、このくらいの反応をしてくれないと」
ルークは満足そうに笑う。
「ほら、いつもの紫乙に戻った」
「あなたねぇ……」
さっきまで、ラファエル先生みたいなんて思っていた自分が恥ずかしくなる。やっぱり、この人はルークだ。私は呆れながらも、どこか安心していた。
「待ちなさい」
そう言って頬をつねろうと手を伸ばす。しかし、ルークはひょいと身体を後ろへ引き、するりと避けてしまった。
「あっ」
「残念」
悪戯っぽく笑うルーク。
「今度こそ!」
私はもう一度手を伸ばす。
「捕まえてみて」
ルークは笑いながら身をかわす。
「逃がさないんだから!」
観客席の片隅で、私たちは子どものようなやり取りを繰り返していた。その様子を見ていた兄たちやアレク、保木君、ユリウスさんは、思わず声を立てて笑っている。
「やっぱり、この二人はこうでなくちゃな」
誰かがそう呟いた。夜空には、まだ無数の宇宙船が静かに浮かび、祭りの終わりを見守っている。そして私たちも、笑い声を響かせながら、忘れられない高知の夏の一日を胸に刻むのだった。




