13-43
21時20分。
祭りは最高潮を迎えていた。本部演舞場では去年の優勝チームが華やかな演舞を終え、追手筋は大きな拍手と歓声に包まれた。踊り子たちが笑顔で手を振りながら西へ去っていくと、観客も惜しみない拍手を送り続ける。こうして、夜の本部演舞場での演舞は幕を閉じようとしていた。周囲では席を立ち、帰り支度を始める人たちの姿が少しずつ増えていく。
しかし、私たちはそのまま席に座っていた。今、慌てて立ち上がってしまえば、大勢の人が一斉に動き始める時間帯だ。通路はすぐに混雑し、思うように歩けなくなるだろう。ちょうど会場内でも警備スタッフが案内を始めいていた。
「お帰りのお客様は、混雑緩和のため、係員の誘導に従って順番にご退場ください!」
「もう少し待ちましょうね」
私がそう言うと、ルークは素直に頷いた。
「うん」
その返事を聞いた時、私はふと違和感を覚えた。今回の高知旅行中、ルークは驚くほど落ち着いていた。いつものように私をからかって困らせることもなければ、わざと意地悪なことを言って反応を楽しむこともない。むしろ、腰の痛みを気遣い、飲み物を持ってくれたり、歩く速さを合わせてくれたりと、終始優しかった。守護者として当然の振る舞いと言えば、それまでなのかもしれない。
それでも、普段のルークとの違いに、私は少し驚いていた。いつもなら、私が困った顔をすると、それを面白そうに眺めて笑う。その表情を記録したいと言って、わざと突拍子もないことを口にすることもある。そんな無邪気な一面が、今回はほとんど見られなかった。周囲への気配りも自然で、大人としての落ち着きが感じられる。
(……もしかしたら)
私は隣で静かに人の流れを眺めているルークを見つめた。夢の中で出会った『ラファエル先生』。穏やかで、優しく、人を安心させる笑顔を持つあの人の姿が、ふと重なる。もちろん、今のルークとは雰囲気が違う。それでも、誰かを思いやる時の静かな眼差しだけは、どこかよく似ているような気がした。
私は小さく微笑み、もう一度ルークの横顔を見つめた。祭りの余韻が残る夜風が、静かに私たちの間を吹き抜けていった。
「ルーク。今回はずいぶん落ち着いているのね」
私は隣に座るルークへ微笑みかけた。
「私を困らせるようなこともしないから、少し驚いたわ」
すると、ルークは肩をすくめて笑う。
「僕はいつもこんな感じだよ。普段は君の反応を記録したくて、わざとからかっていただけ」
「今の方がいいわよ。平和だもの」
「でも、それじゃ映像として面白くないだろう?」
ルークは悪戯っぽく目を細めた。
「あとで見返した時に、君が困ったり怒ったりしていないと、僕としては少し物足りないんだ」
「そんなことないでしょう?私が怒っている方がいいって言うの?」
「うん。そのくらいの反応をしてくれた方が、君らしい」
「もう。結局、ぷりぷり怒らせたいだけじゃない」
呆れたように言うと、ルークは楽しそうに笑った。そして、不意に私のTシャツの襟元へ手を伸ばす。
「少し曲がってる」
そう言って、指先で襟を丁寧に整えてくれた。その何気ない仕草に、私は思わず息をのむ。
(……やっぱりラファエル先生だわ)
夢の中で見た光景が、鮮やかによみがえった。ミケーネの身だしなみを、優しい眼差しで整えていたラファエル先生。目の前のルークの仕草は、その時とまったく同じだった。同じ人物なのだから、似ていて当然なのかもしれない。それなのに、私はどこか不思議な感覚を覚えてしまう。まるでルークが、ラファエル先生という別人の振る舞いを真似しているように見えてしまうのだ。私はそのまま感じたことを口にした。
「……不思議ね。同じ人なのに、別人を見ているみたい」
すると、ルークはくすりと笑った。
「夢は見せない方がよかったかな」
「どうして?」
「君が記憶を取り戻したら、僕のことを警戒しなくなる気がするんだ。そうなると、からかい甲斐がなくなってしまう」
「そんなことを言う守護者っているの?」
「ここにいるよ」
ルークは何のためらいもなく答えた。私は思わず笑ってしまう。
「ミレイニーって、そんなに面白いことが好きだったの? 私がその人なんでしょうけど」
「君は君だよ」
ルークは穏やかな声で言った。
「ミレイニーでもあり、ミケーネでもある。でも、今を生きているのは紫乙だ」
その言葉には、どこか優しさが滲んでいた。
「だから、今の君には、ちゃんと怒ってほしいんだ」
「それじゃ、結局いつもぷりぷり怒っているじゃない」
「怒ることは悪いことじゃないよ」
ルークは静かに首を横へ振った。
「君は感情を胸の奥へ閉じ込める癖がある。怒りも悲しみも、自分の中だけで片づけようとするだろう?」
私は少しだけ視線を落とした。思い当たる節があった。
「でも、ミレイニーは違った。嬉しい時は心から笑って、悲しい時は涙を流して、怒る時はちゃんと怒っていた」
ルークは優しく微笑む。
「育ってきた環境の違いもあるんだろうね。だから僕は、今の君にも少しずつ、自分の気持ちを素直に表に出せるようになってほしいと思っている」
その笑顔は、いつもの悪戯好きなルークではなく、どこまでも穏やかで包み込むような優しさを湛えていた。




