13-40
20時。
夜の帳が下りた追手筋は、昼間とはまったく違う表情を見せていた。街灯や地方車の照明が通りを照らし、踊り子たちの衣装をより鮮やかに浮かび上がらせている。これまでにも数多くのチームが目の前を通り過ぎ、そのたびに大きな拍手と歓声が沸き起こっていた。伝統的な正調よさこいを披露するチームもあれば、ロックやポップスを大胆に取り入れたチームもある。どの演舞にも個性があり、観客を惹きつけて離さない。
その時だった。東側から聞き覚えのあるイントロが風に乗って流れてきた。私は思わず顔を上げる。
「あっ……」
ルークも耳を澄ませ、すぐに笑顔になった。
「この曲、昨日聞いた曲だ」
「ええ」
私も嬉しそうに頷いた。昨日の昼間、ひろめ市場からの帰り道。せっかくだから本部演舞場を少し見ていこうと立ち寄った時、ちょうど演舞をしていたのが、蒼耀だった。その時に初めて耳にした演舞曲だ。
「蒼耀だな」
兄が笑顔で言う。
「昨日は少しだけ見られたな」
「短い時間だったけれど、見ていて引き込まれたものね」
私は期待を込めて東側を見つめた。地方車がゆっくりと近づいてくる。スピーカーから流れる音楽は昨日と同じなのに、聞こえ方はまるで違っていた。沿道を埋め尽くす観客の拍手。祭りの熱気。そして、夜の空気。そのすべてが演舞曲に重なり、より力強く響いてくる。
「昨日より迫力があるね」
ルークが目を輝かせる。
「昼間とは全然違う」
「夜は照明が輝きますからね」
保木君も頷いた。
「空気が変わりますね」
地方車が目の前へ近づく。ボーカルがマイクを握り、力強く歌い始めた。その歌声に導かれるように、踊り子たちが姿を現す。
「来た!」
ルークが嬉しそうに声を上げる。私たちも自然と笑顔になった。昨日、本部演舞場を少し覗いただけでも印象に残っていた蒼耀。その演舞を、今度は指定席から最初から最後まで見られる。それだけで胸が高鳴った。プラセルが手掛けた衣装は、夜の照明を受けて昼間とは違う輝きを放っている。鮮やかな色彩は深みを増し、金色の装飾が光を反射してきらめいた。
「夜の方が、もっと映えるわね」
私が見惚れていると、アレクも静かに頷いた。
「照明まで計算されているようです」
「本当にきれいですね」
保木君も感心したように見つめている。踊り子たちが一斉に腕を広げる。その瞬間、衣装の裾が夜風を受けてふわりと舞い上がった。昨日も美しいと思った。けれど、本番の演舞は、それとは比べものにならないほど力強く、美しかった。踊り子たちの笑顔には自信があふれ、一つひとつの動きにも迷いがない。鳴子の軽快な音が響き、歌声と演奏、そして踊りが一つになって、蒼耀だけの世界をつくり上げていく。
「やっぱり本番は違うね」
ルークが感動したように呟く。
「昨日見た時もすごいと思ったけど、今日はもっと引き込まれる」
「ええ」
私は静かに頷いた。リハーサルを見ていたからこそ、その違いがよく分かる。観客の歓声を受けながら踊る蒼耀の演舞は、まさに今日この瞬間だけの輝きを放っていた。私たちは自然と手拍子を送りながら、目の前を流れていく蒼耀の演舞を、最後まで見守り続けた。
演舞を見続けているうちに、気づけば私たちはみんな汗をかいていた。
「暑いね」
ルークが額の汗を拭きながら笑うと、私たちも顔を見合わせて笑ってしまう。すると、アレクがバッグを開き、人数分の冷却シートを取り出した。
「どうぞ。身体を冷やしてください」
「ありがとう」
受け取った冷却シートで首筋や額を拭くと、ひんやりとした感触が火照った身体に心地よく広がっていく。
「生き返るわ」
私が思わず笑うと、ルークも嬉しそうに頷いた。
「本当に気持ちいいね」
夜になっても、暑さはまだ残っている。昼間は35度まで上がった気温も、今は30度ほどまで下がっていた。それでも、じっと座っているだけで汗がにじんでくる。
「それでも、まだ30度もあるのね」
私が空を見上げながら言うと、兄がスマートフォンで天気を確認して答えた。
「明日の朝には26度くらいまで下がるみたいだ」
「今、その気温になってくれたらいいのに」
思わずため息が漏れる。
「昼間からここで見ていた人たちは、本当にすごいわね」
昼間、ネット中継を少し見た時のことを思い出す。観客席には帽子や日傘で日差しを避けながら観覧している人が大勢いた。中には昼の部から夜の部まで、一日中よさこいを楽しむ人もいるという。
「きっと今も、このどこかで見ているんでしょうね」
私が言うと、保木君も頷いた。
「よさこいが好きな人は、一日中追いかけるそうですからね」
「すごい体力だね」
ルークは驚いたように客席を見回した。演舞場だけではない。高知市内には、屋根のある商店街のアーケード演舞場もある。そこでは店舗から流れてくる冷房の風があり、この追手筋より少し涼しいと聞いていた。それでも、祭りの熱気と人の多さで、体感温度はかなり高くなるのだろう。
「暑いわねぇ」
私が冷却シートを首筋へ当てながら呟くと、ルークが笑顔で答えた。
「でも、あと一時間半だよ」
「そうだったわね」
「夜の部は21時半までだから」
私は腕時計へ目を落とした。いつの間にか時計の針は20時を回ろうとしている。
「本当に、あっという間ね」
夢中になって演舞を見ているうちに、時間の感覚までなくなっていた。




