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ファーストコンタクト~私の宇宙人彼氏はお金を出さないけど、光を降らせる~  作者: 夏目奈緒


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 17時50分を過ぎると、会場の雰囲気が少しずつ変わり始めた。スタッフが慌ただしく動き回り、無線で連絡を取り合っている。観客へ向けてアナウンスが流れた。


『まもなく午後6時より、本部演舞場での演舞を開始いたします。皆様、お席でお待ちください』


 ざわめいていた客席が、少しずつ静かになる。東側では最初のチームが隊列を整えていた。鳴子を手に持ち、真剣な表情で前を見つめている。


「始まるわ」


 私は自然と背筋を伸ばした。ルークも目を輝かせている。


「楽しみだ」


 時計の針が18時を指した。その瞬間だった。


 パンッ――。


 乾いた合図の音が響き渡る。続いて力強い和太鼓の音が会場全体を震わせた。


 ドン、ドン、ドドン――。


 胸の奥まで響く重低音に、観客席から大きな拍手が湧き上がる。司会者の張りのある声が響いた。


「皆様、お待たせいたしました!本部演舞場、夜の部の開演です!」


 その一言に、客席から歓声が上がる。最初のチームがゆっくりと前へ進み始めた。揃いの法被をまとった踊り子たちが、鳴子を高く掲げる。そして、威勢のいい掛け声とともに、一斉に鳴子が鳴り響いた。


「よっちょれ!よっちょれ!」


 カラカラッ。


 乾いた軽快な音が夕暮れの追手筋へ広がっていく。音楽が流れ始めると、踊り子たちは一斉に動き出した。笑顔いっぱいの表情。大きく腕を広げる振り付け。力強い足運び。隊列は乱れることなく、まるで一つの生き物のように滑らかに西へ進んでいく。


「すごい……」


 思わず息をのむ。テレビやネット中継では何度も見たことがある。それでも、実際に目の前で見る演舞はまったく違っていた。一人ひとりの息遣いまで伝わってくる。鳴子の音、足音、掛け声、笑顔。すべてが一つになり、目の前を流れていく。


「これが、本場のよさこい……」


 ルークも感動したように呟く。


「映像では伝わらない迫力だ」


 兄も満足そうに頷いた。


「だから毎年、多くの人が高知へ来るんだよ」


 踊り子たちは観覧席の前を通り過ぎても勢いを落とさない。最後の一人まで笑顔を絶やさず、高知城方面へ向かって踊り続けていく。その姿を見送りながら、私は自然と拍手を送っていた。すると、会場中からさらに大きな拍手が巻き起こる。夜の本部演舞場は、こうして熱気と歓声に包まれながら、華やかに幕を開けたのだった。


 最初の数チームが通り過ぎると、追手筋には再び期待に満ちた空気が流れた。東側から、ひときわ大きな歓声が聞こえてくる。私は自然とそちらへ顔を向けた。


「次のチームみたいね」


 すると、一台の地方車がゆっくりと姿を現した。大きなスピーカーを積み、色鮮やかな装飾が施された地方車。その上にはボーカルと楽器隊が乗り込み、すでに演奏の準備を整えている。ギターが鋭く音を鳴らした。


 ジャーン――。


 ロックサウンドだった。ルークが思わず身を乗り出す。


「よさこいでロックなんだね」

「そうよ」


 私は頷いた。


「昔ながらの民謡を使うチームもあるけれど、現代風にアレンジした楽曲で踊るチームも多いの」


 その瞬間、ボーカルがマイクを握った。力強く、それでいてよく通る歌声が追手筋いっぱいに響き渡る。疾走感のあるメロディー。ギターの鋭いリフ。ライブ会場を思わせるような演奏だった。


「昨日のコンサートを思い出すわ」


 私が小さく呟くと、ルークも笑う。


「確かに。ディスレクトサイドゼロとはまた違うけど、この勢いは負けてないね」


 地方車が目の前へ近づく。その後ろから、踊り子たちが一斉に姿を現した。


「きれい……」


 思わず息をのむ。衣装は白と紫を基調にした上品なデザインだった。純白の生地に紫色の模様が流れるように入り、袖口や帯には金色の装飾が施されている。そして何より目を引いたのは、その裾だった。踊り子たちが回転するたび、長く広がる裾が花びらのようにふわりと舞い上がる。白と紫が風をまとい、一輪の花が次々と咲いていくようだった。


「すごい……」


 私は瞬きを忘れて見つめる。


「衣装が踊っているみたい」


 ルークも感嘆の声を漏らした。


「踊りと一体になってる」

「ここまで計算されているんだな」


 兄も感心している。踊り子たちは全員が鳴子を手にしていた。右手と左手、それぞれに持った鳴子を軽快に鳴らしながら、笑顔で前へ進んでいく。ロックサウンドの中でもはっきりと耳へ届いた。そこで、私はふと思い出したことを口にした。


「よさこい祭りには、必ず守らなければいけない決まりがあるの」

「決まり?」


 ルークが首を傾げる。


「鳴子を持って踊ることよ」

「ああ、なるほど」


 私は踊り子たちへ視線を向けながら続けた。


「『よさこい鳴子踊り』のメロディーを楽曲の中に入れること。前進しながら踊ること。地方車を使用すること。参加人数などの規定もあるわ。150人以下で構成するのよ。楽曲はロックでも、オーケストラにアレンジしてもいいし、衣装、振り付けはチームごとに自由に工夫できるの。でも、鳴子を持って踊ることだけは共通なのよ」


 兄も頷く。


「だから、昔ながらの正調よさこいで踊るチームもあれば、ロックやポップス、ジャズを取り入れるチームもある。そこがよさこいの面白いところなんだ」

「自由なんだね」

「ええ。そのチームらしさが出るの」


 目の前ではボーカルが高らかに歌い上げる。その歌声へ応えるように、踊り子たちが大きく腕を広げた。隊列が一斉に回転する。


 ふわり――。


 白と紫の裾が夜風を受け、大きく円を描いた。まるで無数の蝶が舞い上がったようだった。


「わぁ……」


 観客席から一斉に歓声が上がる。その美しさに、誰もが目を奪われていた。踊り子たちの表情は輝いている。笑顔を絶やさず、一歩一歩を大切に踏みしめながら、西へ、西へと進んでいく。ボーカルも客席へ向かって手を掲げる。


「皆さん、一緒に!」


 その呼びかけに応えるように、観客席から自然と手拍子が始まった。


 パン、パン、パン。


 リズムに合わせて手を打つ人が増え、その音は追手筋全体へ広がっていく。私たちも思わず手拍子を始めた。ルークも笑顔でリズムを刻んでいる。


「こうやって観客も一緒に参加できるんだね」

「それが、お祭りなんだと思うわ」


 私も笑って答えた。演奏する人、踊る人、そして、見守る人。そのすべてが一つになって、この時間をつくり上げている。だからこそ、よさこい祭りは多くの人を惹きつけるのだろう。踊り子たちは笑顔を絶やさなかった。鳴子の音を響かせながら、高知城方面へと進んでいく後ろ姿にも、大きな拍手が送られる。その姿を見送りながら、私は胸の奥が温かくなるのを感じていた。

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