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最後の一音が静かに消えていく。その余韻を惜しむように、会場はしばらく拍手だけに包まれていた。やがて夏樹君がマイクを握り直し、五人が横一列に並ぶ。
「今日は本当にありがとうございました!」
夏樹君が深く頭を下げる。その隣で悠人君、大和君、琉芯君、聡太郎君もそろって一礼した。その姿に、客席からさらに大きな拍手が湧き起こる。
「ありがとう!」
「また高知に来てー!」
「最高だったー!」
客席のあちこちから感謝の言葉が飛び交う。夏樹君は笑顔で何度も手を振った。
「また必ず来るから!」
その一言に、会場全体が歓声に包まれる。5人はステージの左右へ歩き、それぞれの方向へ丁寧に頭を下げていく。アリーナ席だけではない。二階席、三階席まで見上げながら、大きく手を振っていた。最後に中央へ戻ると、5人は肩を並べてもう一度深く一礼する。そして、照明が少しずつ落ちる中、ステージ袖へ姿を消していった。その背中が見えなくなっても、拍手はしばらく鳴り止まなかった。
「終わっちゃったね」
ルークが名残惜しそうに呟く。
「ええ」
私は小さく頷いた。
「本当にあっという間だったわ」
時計を見ると、開演から2時間以上が過ぎている。それなのに、体感ではほんの一時間ほどしか経っていないように感じた。夢中になっていた証拠なのだろう。しばらくすると、場内アナウンスが流れ始めた。
『本日はディスレクトサイドゼロ高知公演へご来場いただき、誠にありがとうございました』
落ち着いた女性の声が響く。
『会場内の混雑を避けるため、係員の案内に従い、ブロックごとに順番にご退場くださいますようお願いいたします』
客席では立ち上がりかけていた人たちが再び足を止める。スタッフが各通路へ立ち、順番に誘導を始めていた。
「一斉には出られないのね」
私が言うと、兄が頷いた。
「これだけの人数だからな。安全第一だ」
確かに、何千人もの観客が一度に出口へ向かえば、大きな混雑になる。スタッフたちは慣れた様子で案内を続けていた。
「Aブロックのお客様は、そのままお席でお待ちください」
「Bブロックのお客様は、係員の誘導があるまでお待ちください」
場内は整然としている。誰もが案内に従い、焦る様子はない。高知の人たちの温かさなのか、それともライブの余韻に浸っているからなのか、穏やかな空気が流れていた。私は座ったまま、もう一度ステージを見つめた。照明はすでに落ち、スタッフが機材の確認を始めている。さっきまで5人が立っていた場所が、少しだけ遠く感じられた。
「また来たいわね」
私が呟くと、ルークが笑顔で頷く。
「うん。また一緒に来よう」
その時だった。
「皆さん、お待たせしました」
聞き覚えのある声がした。振り向くと、通路に長谷部さんが立っていた。黒いスタッフ用のパスを首から下げ、こちらへ笑顔を向けている。
「長谷部さん」
兄が立ち上がった。
「お疲れさまでした」
「皆さんも長時間ありがとうございました」
長谷部さんは軽く頭を下げる。
「メンバーも皆さんにお会いするのを楽しみにしています」
「もう終わったんですね」
私が尋ねると、長谷部さんは頷いた。
「今、着替えと水分補給をしています。少し休憩したら控室へ戻りますので、それまでに皆さんをご案内します」
「ありがとうございます」
「では、こちらへどうぞ」
私たちは席を立った。長谷部さんの後ろについて、一般のお客様とは反対側の通路へ向かう。途中でスタッフ専用の扉が開かれた。そこには『関係者以外立入禁止』と書かれたプレートが掛けられている。扉の前には警備員が立っていたが、長谷部さんがスタッフパスを見せると、笑顔で一礼した。
「お疲れさまです」
「お疲れさまです。ご案内します」
私たちは扉をくぐる。そこから先は、さっきまでいた華やかな客席とはまったく違う世界だった。白い壁が続く通路。行き交うスタッフたち。機材を運ぶ人、インカムで連絡を取り合う人、ケーブルを片付ける人。ライブは終わっても、裏側ではまだ多くの人が忙しく動き続けている。
「お疲れさまでした!」
「ありがとうございました!」
スタッフ同士が声を掛け合いながらすれ違っていく。その光景を見ていると、一つのコンサートが本当に多くの人の力で成り立っていることを改めて実感した。長谷部さんは歩きながら振り返る。
「少し騒がしいですね。すみません」
「いえ、楽しかったです」
「久弥もいますので。みんな待っています」
その言葉に、私の胸は自然と高鳴った。さっきまでステージの上で輝いていた5人が、今度はどんな表情で迎えてくれるのだろう。ライブの熱気がまだ身体に残るまま、私たちは再びバックステージの奥へと歩みを進めた。
控室の前までやって来ると、大勢のスタッフに囲まれた一人の男性が、私たちに気づいて大きく手を振った。久弥さんだった。鮮やかな赤い髪を後ろで一つに結び、スタッフと同じ黒いツアーTシャツを身に着けている。その姿だけを見れば、プロデューサーというより現場スタッフの一人のようにも見えた。
「みなさん!こっちです」
明るく親しみやすい笑顔は、以前会った時と少しも変わっていない。その笑顔を見ただけで、自然と肩の力が抜けた。久弥さんは、ギタリストであり、作詞・作曲家でもある。そして、現在はディスレクトサイドゼロのプロデューサーとして、IKUエンターテイメントでも重要な立場を担っている人物だ。
実際、久弥さんがスタッフへ一言声を掛けたり、視線を向けたりするだけで、周囲はすぐに動き出す。それほど現場からの信頼も厚く、大きな責任を任されていることがよく分かる。それなのに、本人は少しも偉ぶることがない。誰に対しても気さくで、柔らかな笑顔を絶やさず、相手が緊張していれば自分から話しかけて場を和ませてくれる。
以前、伊神さんの仕事でご一緒したことがあると聞いた時も、こちらこそお世話になりましたと、わざわざ私に頭を下げてくれた。本来なら、こちらがお礼を言う立場なのに。その謙虚さに、私はかえって恐縮してしまい、申し訳ないとと思ってしまったほどだった。久弥さんは、そんな人なのだ。音楽家として一流でありながら、人としても誰からも慕われる。だからこそ、夏樹君たちも、スタッフのみんなも、心から信頼を寄せているのだろう。




