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ライブは、いよいよラストへ入っていった。それなのに、観客の熱気は衰えるどころか、ますます高まっていく。イントロが鳴り響くだけで歓声が上がり、悠人君がギターを高く掲げれば彼の名前を呼ぶ声が飛び、夏樹君が客席へ手を伸ばせば、何千人もの観客が一斉に拳を突き上げた。まるで会場全体が一つの生き物になったようだった。重低音が身体の奥まで響く。
ドンッ、ドンッ――。
琉芯君のバスドラムに合わせて、観客が一斉にジャンプする。床まで震えるようだった。
「すごい……」
私は思わず息をのむ。ステージの前方では、何十人もの観客がリズムに合わせて飛び跳ねている。拳を何度も高く突き上げる人。長い髪を振り乱し、夢中になってヘドバンを続ける人。さっきよりも勢いが増している。まるで全身で音楽を浴びているようだった。照明が客席を照らすたび、その光景が目に飛び込んでくる。
「本当に楽しそうね」
私は笑顔になった。見ているだけで、その熱気が伝わってくる。しかし、その熱気は文字どおり"熱"でもあった。会場には何千人もの観客が集まり、照明も絶えず客席を照らしている。少しずつ身体が熱くなってきた。額に汗がにじむ。首筋を伝い、一筋の汗が背中へ流れていく。
「暑い……」
私は小さく呟いた。その声を聞いたルークが、すぐにこちらを向く。
「少し待って」
ルークは足元へ置いてあったバッグを開き、中をごそごそと探した。そして、一つの銀色の袋を取り出す。
「これを使って」
「何?」
「冷却ペーパータオル」
受け取ると、ひんやりとした感触が手へ伝わってきた。
「アレクが百貨店から持ってきてくれた商品なんだ」
ルークが説明する。
「地球のドラッグストアにも似たような商品はあるけど、これは冷却効果が長く続くらしい。今日みたいな暑い場所にぴったりだって言っていたよ」
「そうなのね」
私は袋を開け、タオルを首筋へ当てた。
「……冷たい」
思わず声が漏れる。火照っていた肌が、一気に冷やされていく。首だけではなく、額や腕も拭いてみる。爽やかな香りが広がり、汗のべたつきまで消えていった。
「気持ちいい……」
私は思わず笑顔になった。
「だろう?」
ルークも嬉しそうに微笑む。
「アレクが『きっと役に立つ』って言っていたんだ」
「本当に役に立ったわ」
私は感心しながらタオルを畳んだ。こういう細かな気遣いは、やはりアレクらしい。いつも誰かの体調や状況をよく見ている。だからこそ、さっき体験プログラムの条件を早めに達成させてくれたのだろう。
私は小さく息をつき、そのまま椅子へ腰を下ろした。立って観ている観客は多い。私も最初は立って手拍子をしていた。でも、ヘドバンをしようとして腰を痛めたこともあり、無理はしないと決めていた。
「座っていていいよ」
ルークが優しく言う。
「ありがとう」
私はバッグからペットボトルのお茶を取り出した。キャップを開け、一口飲む。少しぬるくなったお茶が喉を通り、身体の中まで潤してくれる。
「おいしい」
ほっと一息ついた、その時だった。
「……あ」
今度は足に違和感が走る。ふくらはぎから太ももにかけて、じわじわと重くなってきた。桂浜を歩いた疲れもある。その後、このコンサートで立っていた。腰だけではなく、足にも疲れが溜まっていたのだろう。
「足も痛くなってきた?」
ルークがすぐに気づく。
「ええ。少しだけね」
「無理をしないで」
「大丈夫。座っていれば楽だから」
私は小さく笑った。ルークは安心したように頷くと、再びステージへ向き直った。そして、自分は立ったまま拳を掲げる。
「夏樹君ー!」
「悠人君ー!」
客席の歓声に負けないくらい大きな声だった。拍手を送り、リズムに合わせて身体を揺らし、心からライブを楽しんでいる。まるで、私の分まで応援してくれているようだった。私はその後ろ姿を見つめながら、思わず微笑んだ。
「ありがとう、ルーク」
私が座ったまま手拍子を送ると、ルークは振り返らずに親指だけを立てて応えてくれる。その仕草がおかしくて、私は思わず笑ってしまった。立って声援を送るルーク。座って静かに演奏を楽しむ私。楽しみ方は違っても、二人とも同じ気持ちだった。
ライブも、いよいよ最後の数曲となった。夏樹君が『あと少しだけ、俺たちに付き合ってくれるか!』と叫ぶと、会場を揺らすような歓声が返ってくる。
「おおーーっ!」
その声に応えるように、悠人君のギターが鋭く鳴り響いた。聡太郎君のギターが重なり、大和君のベースが会場を包み込み、琉芯君のドラムが力強くリズムを刻む。私は座ったまま拍手を送り続けた。腰も足も少し痛む。それでも、この時間を最後まで見届けたいという気持ちの方がずっと強かった。
ステージの上では、夏樹君が何度も客席へ手を伸ばしながら歌っている。その表情は、とても楽しそうだった。控室で私たちと笑っていた青年とは違う。今は何千人もの観客を魅了する、一人のボーカリストだった。ルークは最後まで立ったまま、大きな拍手を送り続けている。
「夏樹君!」
その声援に応えるように、夏樹君がこちらの方へ目を向け、小さく笑って手を振った。
「気づいてくれたわ」
私が小さく呟くと、兄も嬉しそうに頷いた。
「ああ。ちゃんと見えていたな」
その瞬間、私の胸も温かくなる。今日ここへ来て、本当によかった。そう心から思えた。そして、最後の曲が終わる。
ジャーーーン――。
5人が一斉に最後の音を鳴らした瞬間、会場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。誰もが立ち上がり、惜しみない拍手を送り続ける。その音はいつまでも鳴り止まず、ステージへ向かって、『ありがとう!』という声が次々と飛び交っていた。
ディスレクトサイドゼロ、高知公演。感動のフィナーレは、すぐそこまで来ていた。この時間を、心から大切にしたい。そう思いながら私は再びステージへ視線を向け、5人が奏でる力強い音楽に耳を傾けた。




