13-28
18時半。
ついに、ディスレクトサイドゼロのコンサートが開演した。私たちが案内された席は、アリーナAブロック五列目、センター寄りだ。ステージまでの距離は驚くほど近く、照明に照らされたメンバーの表情まではっきりと見える。
「すごい……、近いわ」
思わず小さな声が漏れた。この距離なら、一人ひとりの表情や仕草までよく分かる。視線がこちらへ向けば、目が合ってしまうのではないかと思うほどだった。開演を待つ会場は、期待と興奮に満ちた熱気に包まれている。客席の照明がゆっくりと落ち始めると、場内から大きな歓声が沸き起こった。
いよいよ客席の照明が完全に落ちた。それまで聞こえていたざわめきが、期待に満ちた歓声へと変わった。会場全体が暗闇に包まれた、その瞬間――。
ドンッ!
腹の底まで響く重低音が鳴り渡る。
「きゃあああっ!」
「夏樹ーー!」
あちこちからメンバーの名前を呼ぶ声が響いた。巨大なスクリーンにディスレクトサイドゼロのロゴが映し出され、レーザー光線が客席を駆け抜ける。スモークがステージを包み込み、観客の熱気は一気に最高潮へ達した。
「すごい……」
私は思わず息をのんだ。ライブ映像は動画で何度も見てきた。それでも、実際に会場で体感する迫力はまるで違う。身体の奥まで響く重低音も、ステージを照らす光も、会場を埋め尽くす歓声も、画面越しでは決して伝わらないものだった。ドラムのカウントが響く。
タンッ、タンッ、タンッ――。
そして。
ギュイィィィン!
悠人君と聡太郎君のギターが同時に唸りを上げた。重厚なリフが会場いっぱいに響き渡る。続いて、大和君のベースが低音を重ね、琉芯君のドラムが力強く楽曲を引っ張っていく。ハードロックとヘヴィメタルを基調とした、ディスレクトサイドゼロらしい重厚なサウンドだった。
「うわ……!」
私は声を上げると、ルークも思わず声を漏らす。
「これはすごいね」
「でしょう?」
私は笑顔で頷いた。
「これがディスレクトサイドゼロなの」
スポットライトがステージ中央へ集まる。そこへ、夏樹君が姿を現した。控室で見せていた柔らかな笑顔とは違う。ステージ衣装をまとい、堂々と立つ姿には圧倒的な存在感があった。マイクを握るだけで、会場中の視線を引き寄せてしまう。
「こんばんは、高知!」
夏樹君の第一声に、大歓声が返ってきた。
「今日は最後まで楽しんでいこう!」
「おおーーーっ!」
そのまま一曲目が始まる。激しいイントロに合わせ、客席が一斉に揺れ始めた。
「きたわね……」
私は思わず息を飲んだ。前の列でも、左右の列でも、何人もの観客が勢いよく頭を振り始めている。長い髪を振り乱し、リズムに合わせて激しく上下する。
「ヘドバン……!」
動画で見たことはあった。けれど、実際に目の前で見ると、その迫力は想像以上だった。
「みんな、すごいわね」
私の言葉に、兄が苦笑する。
「首が痛くならないのか」
保木君も驚いたように目を丸くした。
「これだけ動いているのに、みんなリズムがぴったりですね」
前方だけではない。後方の客席まで、音楽に合わせて身体を揺らす人たちで埋め尽くされていた。拳を高く突き上げる人。身体を左右へ揺らす人。それぞれが思い思いの方法でライブを楽しんでいる。ルークは興味深そうに客席を見回した。
「みんな、本当に楽しそうだ」
「このジャンルでは、こういう楽しみ方をする人も多いの」
「文化なんだね」
「そうね。もちろん無理にするものではないけれど」
私たちは座ったまま手拍子を送り、演奏へ耳を傾けた。その頃、ステージでは夏樹君が伸びやかな歌声を響かせていた。高音までよく通る、美しい声。そこへ、悠人君の歌声が重なる。二人の声が一つになった瞬間、思わず鳥肌が立った。
「すごいな」
ルークが静かに呟く。
「二人とも声質は違うのに、きれいに重なっている」
「そうでしょう?」
「まるで一つの楽器みたいだ」
その表現がぴったりだった。夏樹君の力強い歌声。悠人の繊細な歌声。どちらかが目立つのではなく、お互いを引き立て合いながら、一つの音楽を作り上げている。そこで、控室で聞いた悠人君の言葉が、ふと思い浮かんだ。
『バンドなんだから、一人で背負う必要なんてないだろーー』
その言葉どおりだった。このステージは一人のものではない。5人だからこそ生まれる音楽が、目の前で響いている。サビに入ると、照明が一気に明るくなり、会場中から大きな歓声が沸き起こった。夏樹君が客席を見渡しながら歌う。その視線がふとこちらへ向き、ほんの一瞬だけ口元が緩んだように見えた。
「今、こっちを見た?」
私が小声で尋ねると、兄が笑った。
「ああ、気づいたみたいだな」
その言葉に、私の胸はさらに高鳴った。控室で笑っていた夏樹君とはまるで別人だ。今、目の前にいるのは、多くの観客を魅了するディスレクトサイドゼロのボーカリストだった。
激しいギターリフが会場を揺らす。琉芯君のドラムが重く響き、大和君のベースがその低音をさらに押し広げる。悠人君と聡太郎君のツインギターが重なり合い、夏樹君と悠人君のツインボーカルがその上を駆け抜けていく 客席の熱気は、一曲目が終わる頃にはさらに高まっていた。前方では、ヘドバンをしている観客がますます増えている。長い髪を大きく振り乱し、首を前後へ激しく動かしながらリズムに身を任せている。
「すごいわね……」
みんな本当に楽しそうだ。音楽そのものを全身で受け止め、思い切り表現している。
「ちょっとやってみようかしら」
ぽつりと呟くと、ルークがこちらを見た。
「え?」
「少しくらいならできるかもしれないと思って」
「紫乙、本気?」
兄も苦笑する。
「無理しなくてもいいんじゃないか」
「でも、せっかく来たんだもの」
私は笑いながら立ち上がった。周囲の人たちを見よう見まねで観察する。こうやって身体を前へ倒して、リズムに合わせて頭を振るのだろう。




