13-26
記念写真を撮り終えると、控室は再び和やかな空気に包まれた。長谷部さんは「開演15分前にお迎えに来ます」と言い残し、次の打ち合わせへ向かっていく。扉が閉まると、夏樹が椅子を勧めてくれた。
「立ったままじゃ疲れるよ。みんな座って」
「ありがとう」
私たちはソファーや折り畳み椅子へ腰を下ろした。控室には心地よい緊張感が漂っているものの、メンバーは驚くほど落ち着いていた。開演まで一時間もないとは思えない。
「みんな、緊張しないの?」
私が尋ねると、悠人君が穏やかに笑った。
「デビューしたばかりの頃は、さすがに緊張しました。でも、ライブを重ねるたびに少しずつ慣れてきました」
「最初の頃は、悠人も顔が硬かったよね」
大和君が笑う。
「そうだった?」
「そうだよ。『平気』って言いながら、ギターを何度も弾き直してたじゃないか」
「ああ、あれか」
悠人君も照れ笑いを浮かべた。
「思い出すと恥ずかしいな」
「でも、今は開演前でも普通に話してるよね」
琉芯君が笑う。
「その方が気持ちが落ち着くんだ」
悠人君はそう答えた。
「みんなは?」
私が視線を向けると、聡太郎君が少し考えてから口を開いた。
「僕は今でも少し緊張します。でも、ステージへ出てしまえば演奏に集中できます」
「最初の一曲が始まると切り替わるんだよね」
大和君も頷いた。
「そういうものなのね」
「うん」
夏樹君が笑った。
「お客さんの顔を見ると、不思議と安心するんだ。『待っていてくれたんだ』って思えるから」
そこで、兄が夏樹君を見ながら尋ねる。
「今日もかなり歌うんだろう?」
「歌うよ。でも、一人じゃない」
夏樹君は悠人君へ目を向けた。
「悠人が一緒に歌ってくれるから」
悠人君は頷いた。
「夏樹の身体のことを考えて、ツインボーカルにしました。ギターだけじゃなく、歌でも支えようと思ったんです」
私はその話を以前聞いたことがあった。夏樹君には先天性の心疾患がある。長時間歌い続けることは心臓への負担が大きく、主治医からも一人で歌い続ける構成は避けるよう勧められているという。
「そのおかげで助かってる」
夏樹君は素直に笑った。
「一人だったら、このライブはできなかったかもしれない」
「何言ってるんだよ」
悠人君は笑いながら夏樹君の肩を軽く叩いた。
「バンドなんだから、一人で背負う必要なんてないだろ」
「そうそう」
琉芯君も続ける。
「俺たち5人でディスレクトサイドゼロなんだから」
「できることを、それぞれがやればいいんだよ」
大和君が穏やかに言う。
「悠人は落ち着きがないからなあ。夏樹の天然ボケと相性が良くてさ。だから、リーダーとしてどんと構えていないといけないと思って、悠人は落ち着いているんだよね」
「それは褒めているのかなーーー?」
悠人君が苦笑すると、大和君は肩をすくめた。
「でも、本当だろう?」
「まあ……、否定はできないなーー」
控室に笑いが広がる。
「だから今は、一人で抱え込まなくなったのが一番変わったところかもしれません」
大和君はそう言って悠人君を見た。
「夏樹も、琉芯も、聡太郎もいる。みんなで演奏した方がいい音になるって分かりましたから」
「僕もそう思う」
聡太郎君が微笑む。
「5人だから出せる音があるよね」
「うん」
悠君人も力強く頷いた。
「結成してまだ一年ちょっとだけど、この5人だからここまで来られたんだと思う」
私は思わず微笑んだ。活動期間は決して長くない。それでも、お互いを信頼し合い、支え合う空気は、とても温かかった。
「素敵なバンドね」
私がそう言うと、夏樹君は少し照れたように笑った。
「みんなのおかげだよ」
「いや、夏樹がいるからでもあるよーー」
悠人君は迷いなく答えた。
「俺たちは夏樹の歌が好きなんだ。だから、この形を選んだんだ」
その言葉に、夏樹君は照れ笑いを浮かべながら頭をかいた。
「ありがとう」
控室には穏やかな笑い声が広がった。互いを信頼し、支え合いながら音楽を奏でる5人。だからこそ、このバンドは短い活動期間とは思えないほど強い絆で結ばれているのだと、私は改めて感じた。
すると、その時、控室の扉が軽くノックされた。
「失礼します」
ポロシャツ姿の男性が、穏やかな笑みを浮かべながら中へ入ってくる。
「あっ、聖河さん」
夏樹君がすぐに立ち上がった。山岸聖河さんは45歳の医師だ。子どもの頃、隆さんの養子候補として黒崎家と関わりがあり、その縁は大人になった今も続いている。現在はディスレクトサイドゼロのステージドクターとしてツアーに同行し、毎公演、開演前と終演後にメンバーの体調を確認している。夏樹の心疾患の経過を見守るだけでなく、聡太郎君の腱鞘炎のケアも担当しているという。兄とも友人同士だ。
「みんな、体調はどうだ?」
優しい口調でそう声を掛けると、メンバーたちも自然と笑顔になる。
「俺は大丈夫」
夏樹君が答えると、聖河さんは安心したように頷いた。
「息苦しさや動悸はないか?」
「うん。今日は調子いいよ」
「それなら安心だ」
聖河さんはそう言うと、持っていたバッグから聴診器を取り出した。
「いつも通り診せてくれるか」
「もちろん」
夏樹君は慣れた様子でシャツの胸元を少し開き、椅子へ腰を下ろした。聖河さんは聴診器を胸に当て、呼吸音や心音を丁寧に確認していく。
「深呼吸して」
夏樹君がゆっくりと息を吸い、静かに吐き出す。控室は自然と静まり返り、私たちはその様子を見守った。しばらくして聖河さんは小さく頷く。
「うん。心音はきれいだ。雑音も気にならない」
「よかった」
夏樹君がほっと笑う。続いて手首に指を添え、脈拍も確認する。
「脈も安定しているな。今日はコンディションが良さそうだ」
「よかった」
悠人君も安心したように息をついた。聖河さんは夏樹君へ穏やかな視線を向ける。
「ただし、水分補給と休憩のタイミングはいつも通り守ること。無理だけはしないように」
「分かった」
夏樹君は素直に頷いた。続いて聖河さんは悠人君へ目を向ける。
「悠人君、今日も頼みます」
「もちろんです」
悠人君は真剣な表情で頷いた。
「夏樹に無理はさせません」
「その言葉が聞ければ安心だ」
聖河さんは微笑み、控室を見回した。
「皆さんが支えてくれているから、僕も安心して見守ることができます」
その言葉を聞きながら、私は改めて思った。このステージは、5人だけで作られるものではない。メンバーはもちろん、長谷部さんをはじめとするスタッフ、音響や照明の担当者、そして聖河さんのような医師まで、一人ひとりがそれぞれの役割を果たしている。全員で支え合って初めて、一つのライブが完成するのだ。だからこそ、これほど多くの人の心を動かすステージが生まれるのだろう。




