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ファーストコンタクト~私の宇宙人彼氏はお金を出さないけど、光を降らせる~  作者: 夏目奈緒


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160/182

13-23

 17時15分。


 身支度を終えた私とルークは、部屋を出た。カードキーで扉に鍵を掛け、エレベーターへ向かう。


「忘れ物はない?」


 歩きながらルークが尋ねる。私は肩に掛けた小ぶりのバッグを軽く持ち上げた。


「チケット、お財布、スマートフォン、ハンカチ。全部入っているわ」

「よかった」

「あなたは?」

「僕も大丈夫」


 ルークは胸ポケットを軽く叩いた。


「スマートフォンを持った。チケットもある」

「それなら安心ね」


 ちょうどエレベーターが到着し、私たちは乗り込む。夕方という時間帯だからだろうか、館内には同じように外出する宿泊客の姿が多かった。浴衣姿で大浴場へ向かう人たち。家族連れ。そして、私たちと同じように、少しおしゃれをして出掛けようとしている若い人たち。「開」のボタンが押され、一階へ向かってゆっくりと降りていく。途中で何度か停まりながらも、ほどなくしてロビーへ到着した。


 自動ドアが開くと、ホテルらしい落ち着いた空気が広がった。高い天井からは柔らかな照明が降り注ぎ、大きな窓の向こうには夕暮れの街並みが見えていた。


「あっ、来た来た」


 聞き慣れた声がする。視線を向けると、ロビーのソファーに兄たちが集まっていた。アレクが私たちに手を振った。


「お待たせ」


 私が声を掛けると、兄が立ち上がった。


「いや、僕たちも5分くらい前に来たところだ」


 その隣では保木君が微笑んでいる。


「紫乙さん、そのジャケット素敵ですね。コンサートらしい雰囲気です」

「ありがとう。今日は少しだけきれいめにしてみたの」


 白を基調にしたブラウスへ紺色のジャケットを合わせ、細身のパンツを履いている。長時間歩いても疲れないよう、靴はローヒールを選んだ。ルークも白いシャツにネイビーのジャケットという落ち着いた装いで、昼間の観光とは印象が変わっていた。兄が満足そうに頷く。


「二人とも似合ってるじゃないか」

「ありがとう」


 ルークが軽く頭を下げる。そこへ、アレクが楽しそうに近寄ってきた。


「ルークさん。気合が入っていますね」

「コンサートだからね。君も派手だ」

「はい。迷子にならないようにしました。百貨店で人気のブランドの服なんです」


 そこで、ルークは納得したように笑う。


「僕も今日は日本のライブっていうものを楽しみにしているんだ」


 そこで、保木君が苦笑する。


「アレクは昨夜は値付けなかったんですよ」

「当たり前だろう。初めてなんだから」

「始まる前から興奮しすぎだ」

「だって、ワクワクするじゃないか」


 そのやり取りに、ユリウスさんが笑った。兄も腕時計へ目を落とす。


「まだ15分あるな」

「会場まで、歩いて7分くらいでしたよね」


 保木君が確認する。


「そう。信号に引っ掛かっても十分間に合う」


 今回のホテルは、会場まで徒歩圏内という立地だった。タクシーに乗ってもいいが、そこまでの距離ではない。終演後もすぐ戻れる。荷物が増えないように、みんな必要最低限しか持ってきていない。


「じゃあ、そろそろ行こうか」


 兄の一言で、全員が立ち上がった。ホテルの自動ドアが静かに開く。外へ出ると、昼間の暑さは少し和らぎ、心地よい風が吹いていた。


「涼しくなったわね」


 私は空を見上げた。今の季節はまだ日が照っているが、少し日が傾いている。風もあり、昼間よりも涼しかった。


『歩きやすいね』


 ルークの声が頭の中へ届く。


「ええ。昼とは全然違うわ」

『腰は?』

「平気」

『無理はしないで』

「はいはい」


 また心配されてしまった。口ではそう返しながらも、その気遣いが嬉しい。ホテル前の歩道には、同じ方向へ歩く人が目立ち始めていた。大学生らしいグループや親子連れだ。みんな手にはパンフレットを持ち、楽しそうに話している。


「やっぱり同じコンサートへ行く人たちね」


 私が言うと、保木君も頷いた。


「服装で分かりますね」

「確かに」


 兄が笑う。


「みんな少し浮き足立っている」


 その言葉通りだった。自然と歩幅が速くなり、表情も明るい。ライブやコンサートへ向かう独特の高揚感が広がっているようだった。


 しばらく歩くと、遠くに大きな建物が見えてきた。白い建物の外壁が夕暮れの光を映し、正面広場には多くの人が集まっている。


「あれね」


 私が指差す。


「うん」


 ルークも足を止めることなく、前方に見えるコンサートホールを見つめた。


「思ったより大きい会場だ」

「ディスレクトサイドゼロの公演だもの。でも、アリーナ公演に比べたら、ここはそこまで大きくないのよ。東京公演の会場はもっと広いわ。でも、その分、今日はステージを近くで見られるはず」

「それは楽しみだね」


 建物へ近づくにつれ、人の流れはますます多くなっていく。正面入口ではスタッフが笑顔で来場者を迎え、開場を待つ人たちへ案内をしていた。開場は18時。開演は18時半だ。まだ入場は始まっていないが、すでに広場は多くのファンで賑わっている。グッズを手に談笑する人、記念写真を撮る人、開場を今か今かと待ちながらパンフレットを眺める人がいる。高知の夏の夕暮れは、よさこい祭りとはまた違った熱気に包まれていた。その活気あふれる空気の中へ足を踏み入れると、自然と胸が高鳴る。


「私たちは関係者出入口へ行けばいいのね」

「うん。マネージャーの長谷部さんが待っているはずだよ」


 私たちは一般の入場口ではなく、建物の脇にある関係者出入口へ向かった。夏樹君たちバンドメンバーは、その先にある控室で開演前の準備をしている。私たちは長谷部さんに案内してもらい、控室でみんなに会う約束になっていた。関係者出入口の前には警備員とスタッフが立ち、出入りする関係者を一人ひとり確認している。すると、その奥から見覚えのある女性が足早にこちらへ歩いてきた。


「お待ちしていました」


 ディスレクトサイドゼロのマネージャー、長谷部さんだった。穏やかな笑顔で私たちを迎えてくれた。


「皆さん、どうぞこちらへ。メンバーも到着を楽しみにしています」


 私たちは長谷部さんの案内で関係者出入口をくぐり、コンサートホールの中へ足を踏み入れた。今夜だけの特別な時間が、いよいよ始まろうとしていた。

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