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ファーストコンタクト~私の宇宙人彼氏はお金を出さないけど、光を降らせる~  作者: 夏目奈緒


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13-21

 カチャンと、浴室の扉が閉まった。私はドレッサーの前へ座り、タオルを外した。まだ髪から雫がぽたりと落ちる。ドライヤーのコードを伸ばし、スイッチを入れる。ブォォ――という風の音が部屋に響いた。温かな風を当てながら指先で髪をほぐしていると、不意に頭の奥で声がした。


『ちゃんと髪の根元から乾かすんだよ』


 私は思わず笑ってしまう。


「また頭の中から話しかけてきたわね」

『ドライヤーを使っているから、普通に話しても聞こえないだろう?』

「確かに、その通りだけれど」


 この会話は声ではない。意識と意識が直接つながっているから、耳を使わなくても相手の言葉が伝わる。周囲がどれほど騒がしくても関係ない。初めて体験した頃は驚いてばかりだったが、今では日常の一部になっていた。


「お湯はどう?」

『ちょうどいい温度。少し熱めだけど気持ちいい』


 シャワーの流れる音まで、ぼんやりと伝わってくるような気がした。


『このホテル、浴槽が広いね』

「そうでしょう? 私もさっき思ったわ」

『足が伸ばせるのがいい』

「あなた、本当にお風呂が好きよね」

『好きだよ。宇宙船の浄化装置は30秒で終わるけど、お風呂はそうじゃない。身体がゆっくり温まるし、考え事もできる』

「効率だけじゃ満足できないの?」

『できないかな。地球へ来てから覚えた贅沢の一つだ』


 私は髪をかき上げながら、小さく微笑んだ。


「あなたがそんなことを言うようになるなんてね」

『君の影響だよ』

「私?」

『君は昔から、お風呂に入ると安心した顔をしていた。だから僕も、いつの間にか好きになっていた』


 そんな理由だったのか。知らなかった。


「もっと別の理由があると思っていたわ」

『もちろん、お湯そのものも好きだけどね』


 頭の中から、くすっと笑う気配が伝わってくる。


「今日は桂浜で結構歩いたものね」

『うん。君の腰、大丈夫?』


 私はドライヤーを少し弱めた。


「少し張っているくらい。心配するほどじゃないわ」

『無理はしないこと。コンサートでは立ちっぱなしになるかもしれない』

「私も同じことを考えていたところ」

『途中で座ってもいいんだからね』

「そうするわ」

『約束?』

「ええ、約束」


 ルークは心配性だ。けれど、それが押しつけがましく感じたことは一度もない。私の身体を誰より理解しているからこそ出てくる言葉なのだろう。私は髪を左右に分けながら、丁寧に乾かしていく。温かな風が頭皮を撫で、少しずつ水分が飛んでいく。


『そういえば』

「なあに?」

『コンサートが終わったら、お腹が空くと思う』

「今からそんな話?」

『うん。ホテルへ戻ったら何か食べようか』

「高知の夜食?」

『何か美味しいものがあるといいね』

「あなた、さっきあれだけ芋天を食べたのに」

『あれは別腹』

「そんな言葉まで覚えたの?」

『地球人は便利な言葉をたくさん持っているから』


 思わず吹き出してしまう。


「それ、言い訳にしか聞こえないわ」

『違うよ。本当に別腹なんだ』

「はいはい」


 私は笑いながらドライヤーの電源を切った。部屋が急に静かになる。けれど、ルークの気配は相変わらず近くにあった。浴室の向こうで鼻歌交じりに湯へ浸かっている様子まで、なんとなく伝わってくる。こうして離れた場所にいても、会話ができる。何気ない言葉を交わすだけで、お互いがすぐそばにいるような安心感があった。私は鏡に映る乾いた髪を軽く整えながら、これから始まるコンサートの時間へ思いを巡らせた。


 髪を整え終えた私は、ベッドへ腰を下ろしてテレビのリモコンを手に取った。電源を入れると、高知県内のローカル番組が映し出される。画面では、よさこい祭りの実況中継が行われていた。色鮮やかな衣装を身にまとった踊り子たちが、鳴子を手に笑顔で街を練り歩いている。力強い掛け声と音楽に合わせ、チームごとの個性あふれる演舞が次々と映し出されていた。沿道には大勢の観客が集まり、スマートフォンで撮影する人の姿も多い。画面の隅には「インターネットでライブ配信中」の文字が表示されていた。


「便利な時代ね」


 私がそう呟くと、浴室からルークの声が頭の中へ届く。


『ホテルへ戻ってからでも見られるんだね』

「ええ。現地へ行けない人にはありがたいでしょうね」

『宇宙でも祭りは中継されることがあるけど、地球も同じなんだ』


 私は小さく微笑みながら、リモコンでチャンネルを切り替えた。すると、ちょうど夕方のニュースが始まるところだった。


『速報です。本日午前、高知市内の上空で発光現象が確認されました』


「……あら」


 思わず画面へ目を向ける。スタジオのアナウンサーの横には、視聴者が撮影したと思われる映像が映し出されていた。青空の中を、一瞬だけ白く輝く光が横切っている。スマートフォンで撮られた映像らしく少し揺れているが、確かに強い閃光だった。


「さっそくだわ」


 私が小さく呟くと、ルークもすぐに反応した。


『ニュースになったか』


 現場は市内中心部や浦戸湾周辺など複数箇所から目撃情報が寄せられたという。アナウンサーが続ける。


『現在のところ被害の報告はなく、高知地方気象台などが情報を集めています』


 画面が切り替わり、大学教授と紹介された天文学者がインタビューに答え始めた。


『映像を見る限りでは、流星や火球の可能性も考えられます。ただ、現時点では断定はできません。大気中で発光した自然現象なのか、それ以外の要因なのかも含め、詳しい解析が必要です』


 慎重な口調だった。憶測ではなく、あくまで現時点で分かっていることだけを話している。私はテレビを見つめたまま、小さく息をつく。もちろん、本当の原因を知る者は、ごくわずかしかいない。そして、その「ごくわずか」の中に、私とルークも含まれているのだった。

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