13-20
16時半。
桂浜から戻った私たちは、宿泊先のホテルへ帰ってきた。潮風の中を歩き回ったせいで、服は汗ばんでいる。これからコンサートへ出かけるのだから、その前にみんなそれぞれシャワーを浴びて身支度を整えることになった。私も汗を流し、コンサート用に持ってきた服へ着替えるつもりだ。部屋へ入ると、ルークはエアコンの風が当たる場所に立ち、気持ちよさそうに息をついていた。
「あなたもシャワーを浴びるでしょう。先に行ってきてもいいわよ」
「君が先でいいよ。僕はもう少し風に当たっているから」
「そう?じゃあ、お先に失礼するわね」
私は旅行バッグから着替えを取り出すと、その場で服を脱ぎ始めた。以前なら、ルークの前で着替えることなど考えられなかった。でも、今では妙に吹っ切れている。ルークは、私がまだ歩けなかった頃から入浴の介助をしてくれていた。ウォークインだ。浴室で身体を洗い、湯船へ入るところまで付き添ってくれていたという。だから、私の裸など、とっくに見慣れている。しかも本人は、「見ても何も思わない」と平然と言うのだから、こちらとしては少し複雑な気持ちになる。とはいえ、ルークは私が着替え始めると視線を逸らし、こちらを見ようとはしなかった。一応、気を遣ってくれているらしい。
カチャン。
浴室の扉を閉める。このホテルは観光ホテルらしく、浴室とトイレが独立していた。洗い場にも十分な広さがあり、バスタブも足を伸ばして浸かれそうな大きさだ。大浴場もあるが、それは明日の朝の楽しみに取っておこう。
「ふぅ……」
温かなシャワーを浴びると、汗ばんでいた身体がほっと緩んでいく。まずは髪を洗うことにした。 シャンプーとトリートメントは、自宅から持参した『モイストダリーアン ナイトディープリペア』を使う。汚れ落ちがよく、それでいて髪がしっとりまとまるので気に入っている。この商品を見つけてきたのはルークだった。「これを使ってみてほしい」と勧めてきたので、私は何か裏があるのではないかと少し警戒した。香りが強すぎるとか、妙な理由でもあるのだろうと思っていたのだ。
けれど、実際に使ってみると心配は杞憂だった。ほのかに甘い香りが心地よく、洗い上がりも滑らかだ。シャンプーもトリートメントも、ルークらしい意地悪は何ひとつなかった。ボディーソープも同じシリーズを愛用している。少し値段は張るものの、冬場でも肌が乾燥しにくく、その使い心地には十分満足していた。
シャワーを浴びながら、ふと脚の疲れに気付く。ふくらはぎが少し張り、腰にもわずかな重だるさが残っていた。椎間板ヘルニアという持病は、やはり厄介だ。長時間歩くと腰へ負担がかかる。今日は無理をしたつもりはないし、桂浜でもゆっくりしたペースで歩いていた。それでも、知らないうちに疲労は溜まっていたようだ。
このあと向かうコンサートでは、座席があるとはいえ、盛り上がれば周囲の観客と一緒に立って楽しむ時間もあるだろう。終演する頃には、きっと今より腰が痛くなっている。無理だけはしないようにしよう。そう心に決めながら、私はトリートメントを洗い流した。
ザーー――。
髪を軽く絞り、大きめのタオルで包むように巻いて水気を吸わせる。それからホテル備え付けのボディーソープをスポンジに取り、きめ細かな泡をたっぷりと立てた。ふわりと立ち上る優しい香りに包まれながら、私は一日の汗と疲れをゆっくり洗い流していった。
身体を拭き終え、ホテルの備え付けのバスローブを羽織って浴室の扉を開けると、ちょうどルークがシャツを脱いでいるところだった。
「あら、待っていたの?」
「うん。そろそろ出てくる頃だと思っていた」
ルークは当たり前のように頷く。
「時間なんて見ていなかったでしょう?」
「見なくても分かるよ」
さらりと言われ、私は苦笑した。
「どうして?」
「君と意識をつないでいるから。それに、一緒に暮らしている。シャワーを浴びる時間も、髪を洗う順番も、だいたい分かる」
「そこまで?」
「もちろん。君が髪にタオルを巻いたことも、数分前から分かっていた」
便利なのか、少し怖いのか分からない。でも、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
「だから脱ぎ始めたのね」
「そういうこと」
ルークは微笑みながらズボンを脱ぐと、タオルを肩へ掛けた。
「じゃあ、行ってくる」
「ゆっくり入ってきて」
「うん。このホテルのお風呂、楽しみにしていたんだ」
そう言って浴室へ向かう姿は、どこか機嫌がよさそうだった。宇宙船には身体を浄化する設備があり、短時間で汗や汚れを落とせる。地球人から見れば夢のような装置らしい。けれどルークは、その装置よりも地球の風呂が好きだった。湯気に包まれ、湯へ浸かり、身体が少しずつ温まっていく感覚が好きなのだという。
初めてそれを聞いた時は意外だった。文明が何千年も進んでいる星の人なのだから、もっと効率だけを求めるのかと思っていた。しかし、ルークは違う。便利なものは便利なものとして使うが、地球ならではの時間の流れも気に入っているらしい。




