13-19
私たちは土産物店を後にし、来た道をゆっくりと戻った。潮風を感じながら歩いていると、目の前に『海のテラス』の建物が見えてくる。ガラス張りの新しい建物で、中には飲食店や土産物店が並び、多くの観光客で賑わっていた。
「やっぱり人が多いわね」
私が店内を見渡すと、昼食の時間帯は過ぎているというのに、どの店にも列ができている揚げ物の食欲をそそる香り。ソフトクリームを手に歩く人たち。旅行に来たという実感が、ますます湧いてくる。
「お兄ちゃんたちは、ここで食べたかったのよね」
私が振り返ると、兄が頷いた。
「ああ。ここへ来ることを考えて、ひろめ市場では少し控えめにしておいたんだ」
私は思わず笑った。
「だから余裕がありそうだったのね」
「作戦成功だ」
その隣でユリウスさんも笑う。
「カツオバーガーが気になっていたんだ」
「二人とも、計画的ね」
私たちは店を見て回り、カツオバーガーと芋天を販売している店を見つけた。店先には写真付きのメニューが並び、分厚いカツオのフライを挟んだバーガーがひときわ目を引く。
「これ、美味しそう」
私は思わず声を漏らした。兄も頷く。
「これを食べたかったんだ」
兄とユリウスさんはカツオバーガーと飲み物を注文し、私たちは芋天だけをお願いした。
「さすがに、もうバーガーまでは入らないわ」
私はお腹をさすりながら苦笑する。
「ひろめ市場で食べ過ぎたもの」
「僕も」
ルークも素直に頷いた。
「でも、芋天は別腹だ」
「それは本当?」
「本当」
真面目な顔で言うので、私は吹き出した。数分後、番号を呼ばれ、商品を受け取る。兄とユリウスさんのバーガーは紙に包まれており、ずっしりとした重みがあった。一方、私たちの芋天は紙のカップに入っている。丸く切られたさつまいもに衣が付き、こんがりと揚がっていた。
「できたてね」
ほんのり湯気が立ち上っている。私たちはテラス席へ向かった。風が心地よく吹き抜け、遠くでは波の音が聞こえている。私はペットボトルのお茶を開けた。
「いただきます」
「いただきます」
みんなで声をそろえる。私は芋天を一つ口へ運んだ。衣はさくっと軽く、中はほくほくと甘い。
「おいしい」
自然と笑みがこぼれる。
「ひろめ市場の芋天も美味しかったけど、こっちも負けてないわ」
「場所が違うからかな」
ユリウスさんが空を見上げながら言う。
「こうして海風に吹かれながら食べると、また違った美味しさがある」
「確かに」
兄も満足そうに頷いていた。
「旅行って景色もごちそうだからね」
その言葉に、私は深く頷く。同じ料理でも、誰とどこで食べるかで味は変わる。高知の青い海を感じながら食べる芋天は、東京で食べるものとはまったく違う美味しさがあった。その時だった。ルークが私のカップをじっと見ている。
「どうしたの?」
「大きい」
「え?」
「君の芋天の方が大きく見える」
私は自分のカップとルークのカップを見比べた。
「同じでしょう」
「いや」
ルークは真剣な表情だ。
「3ミリくらい大きい」
「そんなの分からないわよ」
「気になる」
私は笑いながら、一番大きそうな芋天を一つ摘まんだ。
「はい」
「くれるの?」
「交換しましょう」
ルークは嬉しそうに自分のカップから一つ差し出した。二人で交換すると、私は一口食べる。
「……同じ味ね」
「同じだ」
「当たり前でしょう」
「でも、満足だ」
ルークは交換した芋天を嬉しそうに頬張った。保木君が笑う。アレクはズボンを緩めたいと言いながら、芋天の三つ目を摘まんでいる。
「ルーク、子どもみたい」
私が笑うと、ルークは首を傾げる。
「旅行では子どもになるものだよ」
「そんな言葉、初めて聞いたわ」
「今、作った」
私は思わず吹き出した。
「正直ね」
「君が笑ったから成功だ」
「またその理論?」
「うん」
すると、兄がバーガーを食べながら笑った。
「二人を見ていると、芋天一つでも楽しそうだな」
「そうだね」
ユリウスさんも優しく微笑む。
「旅行って、こういう時間が一番思い出に残るのかもしれない」
私は頷いた。耳には波の音。頬を撫でる心地よい潮風。そして、大好きな人たちとの笑い声。私はペットボトルのお茶を一口飲みながら、今日という一日が、きっと忘れられない思い出になるのだろうと静かに感じていた。
食事を終えると、私たちはホテルへ戻ることにした。今夜はいよいよ、ディスレクトサイドゼロの高知公演がある。ホテルで少し休憩し、着替えを済ませてから会場へ向かう予定だ。開演の一時間前には到着し、約束していた通り、夏樹君たちバンドメンバーの控室を訪ねることになっている。ステージサイドから客席を眺められるそうで、それも今回の楽しみの一つだった。
「早めに戻って準備しないとね」
私がそう言うと、みんなも頷いた。すると、その時、保木君がスマートフォンを取り出した。
「タクシーを呼んでおきますね」
配車アプリを開きながら、落ち着いた口調で言う。
「あら、もう呼ぶの?」
私が尋ねると、保木君は穏やかに微笑んだ。
「はい。こちらへ来た時、タクシーは一台しか待機していませんでしたから」
そう言えば、到着した時もすぐに次のお客さんを乗せて出発してしまった。
「このままだと、6人一緒には帰れないかもしれません」
「なるほど」
「観光客の多くはバスを利用されるので、市内ほどタクシーの台数は多くないと思います。今のうちに手配しておけば安心ですから」
「さすがね」
私は思わず感心した。会員制エスコートクラブ・アルカディアで接客をしていただけあって、周囲への気配りが自然と身についているのだろう。
「いえ」
保木君は照れくさそうに笑う。
「せっかくですから、皆さん一緒に帰れた方が楽しいと思いまして」
「ありがとう」
私は素直に礼を言った。保木君が配車を依頼している間、私は隣に座るルークへ目を向けた。すると、ルークは椅子に深くもたれかかり、お腹をさすっている。
「もう入らない……」
珍しく弱々しい声だった。その隣では、アレクも同じように背もたれへ体を預け、大きく息をついている。
「食べ過ぎました……」
二人とも、まるで動けないと言わんばかりの様子で、椅子にふんぞり返っていた。その姿がおかしくて、私は思わず吹き出してしまう。
「そんなになるまで食べなくてもいいでしょう」
「だって、美味しかったから」
ルークは真面目な顔で答える。
「旅行だから」
「それ、今日、何回目?」
私が笑うと、兄も肩を震わせた。
「ルーク、完全に食べ過ぎだな」
「宇宙人にも満腹ってあるんだな」
ユリウスさんも笑いながら言う。
「もちろんあるよ」
ルークは胸を張った。
「今、その限界を超えた」
その一言に、その場のみんなが笑い出した。アレクも苦笑しながら頷く。
「僕も同じです。今日は食べ過ぎました」
「夕食、大丈夫?」
私が尋ねると、アレクは少し考えてから答えた。
「コンサートが終わる頃には、またお腹が空いていると思います」
「すごいわね」
私が感心すると、兄が笑った。
「若い証拠だよ」
海から吹く爽やかな風が、テラスをゆっくりと吹き抜けていく。青く広がる海。穏やかに寄せては返す波。そして、旅先ならではのゆったりとした時間。高知へ来て本当によかった。そんな思いを胸に、私たちは配車されたタクシーへ乗り込み、次の楽しみが待つホテルへ向けて桂浜を後にした。




