13-16
私たちは早高神社を後にし、来た道をゆっくりと戻った。海風を感じながら歩いていると、桂浜水族館の入口が見えてくる。入口には家族連れやカップルが列を作り、小さな子どもたちが。、ペンギンを見て、嬉しそうに声を上げていた。
「ようやく来たね」
ルークが目を輝かせる。
「あなた、ずっと楽しみにしていたものね」
「もちろん」
その返事があまりにも早くて、私は思わず笑ってしまった。受付で入館券を購入し、館内へ入る。桂浜水族館は大規模な都市型水族館とは少し違う。どこか昔ながらの温かさがあり、生き物との距離が近いそうだ。
「なんだか落ち着くわね」
私が呟くと、兄も頷いた。
「地域に愛されている水族館という感じがする」
最初に現れたのは色鮮やかな熱帯魚の水槽だった。青や黄色、縞模様の魚たちがゆったりと泳いでいる。
「きれい……」
私は水槽へ近付く。魚たちは光を受けて宝石のように輝いていた。隣ではルークもじっと見つめている。
「アルタイルにも魚はいるの?」
私が尋ねる。
「いるよ」
ルークは頷いた。
「でも海の色が少し違うから、こんな色の魚は珍しい」
「そうなんだ」
宇宙の話を聞くたびに、新しい世界を少しだけ覗いた気分になる。次の水槽には大きなウミガメが泳いでいた。ゆっくりと前足を動かし、優雅に旋回する姿は見ているだけで癒やされる。
「大きいわね」
「長生きなんですよね」
保木君が案内板を読む。
「保護された個体もいるみたいです」
アレクも興味深そうに頷いていた。さらに進むと、人気者のペンギンたちが迎えてくれた。すると、一羽が勢いよく水へ飛び込む。
ザブン!
子どもたちから歓声が上がった。
「かわいい!」
私は思わず笑顔になる。すると、隣でルークが真剣な顔をしていた。
「どうしたの?」
「負けた」
「え?」
「飛び込み方」
私は目を瞬かせる。
「なんで?」
「バンジージャンプなら勝てると思ったのに」
「比べる相手がペンギンなの?」
「だって上手だった」
「あなた、本当に面白いわ」
そのまま笑っていると、ルークが少しだけ頬を膨らませる。
「笑われた」
「ごめん、ごめん」
私は肩を震わせながら謝った。
「でも、ペンギンに対抗心を燃やす人、初めて見たもの」
「燃やしてない」
「燃やしてるでしょう」
「少しだけ」
結局認めたので、みんなも笑い出した。館内をさらに進むと、アシカのいるプールへ到着した。ちょうど飼育員が餌を与える時間だったらしく、一頭のアシカが元気よく手を振っている。
「賢いね」
ユリウスさんが感心する。
「ちゃんと合図を理解してる」
「かわいいわ」
私は夢中になって見つめた。すると、ルークが私の肩を軽くつつく。
「紫乙」
「何?」
「君もやって」
「何を?」
「アシカに手を振って」
「どうして?」
「返してくれるかもしれない」
「そんなわけ――」
半信半疑で手を振る。すると偶然にも、アシカがこちらを向いて前足を振った。
「わあ!」
私は思わず声を上げた。
「見た?」
「返してくれた」
ルークが嬉しそうに笑う。
「僕のおかげだ」
「偶然でしょう?」
「いや、僕のおかげだ」
「どこまで自信があるの」
私が笑いながら肩を軽く叩くと、ルークは得意そうに胸を張った。
「僕は動物に人気があるから」
「はいはい」
「信じてない」
「半分ぐらいは」
「じゃあ、残り半分は?」
「あなたが調子に乗ってると思ってる」
その瞬間だった。ルークが私の帽子のつばを軽くつまみ、目深に下げた。
「ちょっと!」
「仕返し」
「子どもじゃないんだから」
帽子を直して振り返ると、ルークは楽しそうに笑っている。私は少しだけ睨むふりをしたが、その顔を見ているうちに怒る気もなくなってしまった。
「もう」
ため息をつきながら笑う。
「本当にあなたって、いたずら好きなんだから」
「君が笑うから」
「笑わせてるのはあなたでしょう」
「それで成功」
そう言って得意げに笑うルークを見て、私はまた笑ってしまった。館内では子どもたちの歓声が響き、海風が時折吹き抜けていく。生き物たちを眺めながら笑い合うこの時間も、高知旅行の忘れられない思い出になっていくのだと、私は静かに感じていた。
その時だった。館内放送が流れ始めた。
『本日予定しておりましたアシカショーは、アシカの体調不良のため中止とさせていただきます。楽しみにされていた皆様にはご迷惑をおかけしますことを、お詫び申し上げます』
私は思わずルークと顔を見合わせた。
「あら……」
「体調不良なんだね」
ルークも少し心配そうな表情になる。午前中にはショーが行われていたと案内に書かれていた。途中で具合が悪くなったのだろうか。
「怪我でもしたのかしら」
私が小さく呟くと、兄が近くにいたスタッフへ声をかけた。
「すみません」
「はい」
「アシカ、大丈夫なんですか?」
スタッフは安心させるように微笑んだ。
「ご心配ありがとうございます。怪我ではないんです」
「そうなんですか」
「少しお腹を壊してしまった子がいまして、今日は念のためショーをお休みすることになりました」
その説明を聞いて、私はほっと胸をなで下ろした。
「そうでしたか」
「楽しみにしてくださっていたのに申し訳ありません」
スタッフが丁寧に頭を下げる。私は慌てて首を振った。
「そんな、とんでもないです。また高知へ来れば会えますし。どうぞ、お大事になさってください」
スタッフは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。きっと元気になりますので、また遊びに来てください」
「はい」
私も笑顔で頭を下げる。動物たちも生き物だ。体調を崩す日があるのは当たり前のこと。無理をさせずに休ませる判断をしてくれたことに、むしろ安心した。




