13-9
私たちは市内をぶらぶらして、神社や記念館に移動するつもりだった。桂浜は明日行きたいと思っており、今日の予定のメインは、ひろめ市場とコンサートだった。
「ルーク、どうする?」
「僕は行ってみたい」
ルークの返事に、保木君も笑顔で頷く。
「僕もです」
「高知の水族館は初めてなので」
アレクも同じ意見だった。
「ぜひ行きたいですね」
そこまで言われると、もう断る理由がない。私は苦笑しながら肩をすくめた。
「分かったわ」
「やった」
ユリウスさんが子どものように笑う。
「みんなで行こう」
こうして予定は決まった。私たちは追手筋を離れた。ひろめ市場の前を通り過ぎて、大橋通り商店街を通って行った。兄がスマートフォンで交通情報を確認する。
「バスもあるんだが……」
画面を見ながら少し考える。
「今日は祭りだから、かなり混んでいるな」
私も停留所を見る。すでに長い列ができていた。スーツケースを持った人や、家族連れも多い。
「これは乗るまで時間がかかりそう」
保木君が苦笑する。兄も頷いた。
「そうなんだよ」
「だったら」
ユリウスさんが提案する。
「タクシーの方が早い。ここからなら25分くらいで着くらしい。バスだと、一時間先まで便がない」
「それならタクシーの方がいいわね」
私も賛成した。時間を有効に使えるし、暑い中で長時間待たなくても済む。
「じゃあ、まで行こう」
兄が先頭に立って歩き始める。路面電車が走る広い道路まで出ると、交通量も多くなっていた。兄は配車アプリを開き、タクシーを手配する。
「5分くらいで来るそうだ。二台で行こう」
「早いわね」
「祭り期間だから台数も増やしているみたいだ」
私たちは木陰へ移動し、冷たいお茶を飲みながらタクシーを待つことにした。祭りの日だけあって、道路には観光バスやタクシーがひっきりなしに行き交っている。歩道にも多くの人がいて、県外から来た観光客らしい人たちが地図やスマートフォンを見ながら歩いていた。すると、ルークが何気なく周囲へ視線を向けた。その瞬間だった。
「あ」
小さく声を漏らす。
「どうしたの?」
「紫乙、あそこ」
ルークが向こうを指差した。私はその先へ目を向ける。一人の女性が、自転車を押しながら歩いていた。黒い帽子をかぶり、日焼け対策なのだろう、薄手の長袖を羽織っている。年齢は私と同じくらいだろうか。
歩く速度はゆっくりだった。
「あっ」
私は思わず声を上げた。
「あの人……」
見覚えがある。ついさっき、ひろめ市場で独り言を言っている状態に見えた女性だった。あの時、ルークが守護者とウォークインしていると言っていた人だ。今も様子は変わらない。一つの身体の中に二人がいることが、私にははっきり分かった。
「また会ったわ」
「やっぱり地元の人みたいだね」
ルークが微笑む。
「観光客だったら、レンタサイクルを使っているはずだから」
私は女性が押している自転車を見る。貸出自転車ではない。普段使いの自転車だった。前かごには、紙袋が一つ入っている。見覚えのある黄色い袋だった。
「あれ」
保木君も気付いたようだ。
「ひろめ市場のいも天ですね」
「本当だ」
兄も笑う。
「買って帰るところなんだな」
女性は人混みの中を慎重に歩いている。今日は歩行者が多すぎる。自転車へ乗るより、押して歩いた方が安全なのだろう。
「この人の多さじゃ、自転車は大変ね」
私が言うと、アレクも頷いた。
「効率も悪そうですね」
その時だった。ルークが小さく笑った。
「どうやら」
「え?」
「宇宙人を探しているみたい」
私は目を丸くする。
「探しているの?」
「うん」
隣でアレクも同じように笑っていた。
「僕にも情報が届きました」
「情報?」
私が聞き返すと、ルークが説明する。
「彼女の守護者からだよ。まだウォークインに慣れていないらしい」
アレクが続ける。
「同胞とも会ったことがなくて、不安なんだそうです」
「だから今日は」
ルークが女性を見ながら微笑んだ。
「守護者が案内役になって、宇宙人探しをしている」
「そんなことがあるのね」
私は思わず笑ってしまった。初めて異星の世界を知った頃の自分を思い出す。もし街の中に同じ境遇の人がいたら、きっと会ってみたいと思っただろう。
女性はこちらへ何度も視線を向けている。けれど、近付いてくることはない。その気持ちも分かる。いきなり、
「あなた、宇宙人ですか?」
などと聞けるはずがない。私だって、同じ立場なら躊躇する。すると突然、アレクが一歩前へ出た。
「少し安心してもらいましょうか」
「え?」
次の瞬間だった。アレクの身体が淡い金色の光に包まれる。ほんの数秒だ。普通の人には気付かない程度の控えめな輝きだった。けれど、守護者とウォークインしている人には十分伝わる。すると、女性が足を止めた。目をぱちぱちと瞬かせる。そして、アレクをじっと見つめた。
「気付いたわ」
私が小さく呟く。女性は何かを確信したような表情になった。それでも近寄っては来ない。口を開こうとして、また閉じる。守護者も何か話しかけているのだろう。少しだけ困ったような笑顔を浮かべていた。
「無理もないね」
ルークが優しく言う。
「急に同胞が見つかったって、すぐには話しかけられない」
「そうね」
私は頷いた。その気持ちはよく分かる。きっと心の中では、
『本当にこの人たちなの?』
『間違っていたらどうしよう』
そんな思いが渦巻いているのだろう。その時、兄のスマートフォンが震えた。
「来た」
道路の向こうから一台のタクシーがゆっくり近付いてくる。兄が手を挙げると、車は私たちの前で静かに停車した。
「桂浜までお願いします」
兄が運転手へ声を掛ける。私たちは二台に別れて順番に乗り込んだ。最後に乗り込む前、ルークが女性の方を振り返る。そして、穏やかな笑顔で軽く手を振った。女性も一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにほっとしたように微笑み、小さく手を振り返してくれた。言葉は交わさなかった。それでも十分だった。きっと守護者同士では、もう挨拶は済んでいるのだろう。
タクシーがゆっくりと走り始める。窓の外では、女性が見えなくなるまでこちらを見送ってくれていた。私はその姿を見ながら思う。異星の人々との出会いは、案外、こんな何気ない日常の中にあるのかもしれないと。




