13-8
私たちの前では、次のチームが演舞を始めていた。去年大賞を受賞したチームだった。追手筋はひときわ大きな拍手に包まれた。そして、演舞が終わり、踊り子たちが退場し、次のチームが流れてきた。本部演舞場では、それぞれのチームが追手筋を流れるように列になって踊っている。目当てのチームを見終わったのか、観客も少しずつ場所を移動し始めていた。
「近くで見られてよかったわね」
私は満足そうに笑う。
「うん」
ルークも頷いた。
「思った以上に迫力があった」
その時だった。
「きゃっ!」
前方から女性の悲鳴が聞こえた。私は反射的にそちらを見る。一人の観客が足をもつれさせてよろめき、その拍子に周囲の人たちも体勢を崩した。
「あっ……」
後ろにいた人たちは何が起きたのか分からないまま押され、人の波が一気にこちらへ押し寄せてくる。
「紫乙!」
ルークの声が耳元で響いた。次の瞬間、私は腕を引かれ、そのまま彼の胸へ引き寄せられる。
「きゃっ!」
ルークは私をしっかりと抱き寄せたまま、人波を避けるように後方へ下がった。押される人たちの間をすり抜け、安全な場所まで一気に移動する。驚くほど素早い動きだった。守護者として鍛えられた身体能力だからこそできるのだろう。数秒後、前方ではスタッフが駆けつけ、人の流れも落ち着きを取り戻した。
「紫乙」
ルークが私の肩へ手を添える。
「大丈夫?」
私はまだ鼓動が速いまま頷いた。
「……ええ」
「怪我は?」
「ないわ」
ルークは私の顔をじっと見つめ、安心したように小さく息を吐いた。
「よかった」
その優しい表情を見た瞬間、胸がじんわりと熱くなる。私は照れ隠しに笑った。
「あなた、優しいのね」
そう言うと、ルークは少しだけ首を傾げた。
「当然だよ」
私はさらに胸が高鳴る。ラブロマンスのような展開を想像した。ルークとは全くそういうことがなくて、友達同士とか、家族とか、そういう感じだった。でも、これからはそうではないのか知れない。そんな期待が膨らんだ、その時だった。
「君がいなくなると困るから」
私は思わず目をぱちぱちさせた。
「え?」
「僕、お金持ってないし」
ルークは真面目な顔のまま続ける。
「君がいないと、お茶も買えないし、ご飯も食べられない」
「……」
「ホテルにも帰れない」
私はじっとルークを見つめた。ルークは笑いもせずに言った。
「だから、大事なんだ」
言葉をここだけ切り取れば、胸が高鳴る展開だ。でも、その前に出した言葉で、肩の力が抜けた。
「ルーク」
「うん?」
「今の感動、返して」
「え?」
「せっかく『守ってくれた』って、ときめいていたのに」
私は両手を広げた。
「ときめきを返して」
そこで、保木君が思わず吹き出す。
「ルークさん、それはないですよ」
「そうですよ!」
アレクも苦笑しながら頷いた。
「最後まで格好よく決めればよかったのに」
「僕は本当のことを言っただけなんだけど」
ルークは不思議そうに首を傾げる。兄まで笑い始めた。
「ルークらしいな」
ユリウスさんも肩を震わせる。
「嘘がつけないんだよね」
私は大きくため息をついた。
「もう」
「怒った?」
「半分だけ」
「残りの半分は?」
「ちゃんと助けてくれたことには感謝してる」
私がそう言うと、ルークは安心したように笑った。
「それならよかった」
「でもね」
私はルークの腕を軽くつついた。
「次に助けてくれた時は、『紫乙が大切だから』って先に言って」
「その後に、お金の話をしてもいい?」
「駄目」
「どうして?」
「台無しになるからよ」
私が笑いながら言うと、みんなも一斉に笑い出した。祭りの熱気と笑い声に包まれながら、私たちは再び追手筋の演舞へと視線を戻した。次のチームを待つ人、新しい場所へ移動する人で歩道は賑わっている。夏の日差しは相変わらず強かったが、祭りの熱気の方が勝っているように感じられた。
「来てよかったな」
兄が満足そうに笑う。
「写真で見るのと、生で見るのとじゃ全然違う」
「本当に」
私も頷いた。
「明日は指定席でゆっくり見られるのが楽しみ」
「今日は雰囲気だけでも十分満足できたね」
ルークも笑顔を見せる。すると、兄が腕時計を見ながら言った。
「まだ夜まで時間があるな」
「そうね」
「せっかくだから桂浜へ行かないか?」
私は思わず兄の顔を見る。
「桂浜?」
「ああ」
兄が頷く。
「海も見たいし、坂本龍馬像も見ておきたい」
「いいわね」
私は自然と笑顔になった。高知といえば桂浜。一度は訪れてみたい場所だった。しかし、すぐに別のことが頭に浮かぶ。私は兄とユリウスさんを見た。今回の旅行は、二人でゆっくり過ごせる時間を大切にしたいと思っていただろう。別行動するということになっていた。
「でも……」
私は少し遠慮がちに言った。
「お兄ちゃんたちは二人で回った方がいいんじゃない?」
「え?」
「せっかくの旅行なんだから。私たちは私たちで市内を歩いているから」
兄は少し困ったように笑った。
「気を遣わなくてもいいのに」
「そうよ」
私は笑う。
「夕方にはまたホテルで会えるし」
すると、それまで静かに話を聞いていたユリウスさんが、私の手を取った。
「紫乙さん」
「え?」
「一緒に行こう」
そのまま軽く手を引かれる。
「え、でも……」
「坂本龍馬像、一緒に見よう」
ユリウスさんは楽しそうに笑った。
「桂浜は景色もいいし、お土産屋もたくさんある」
「それに」
兄も続ける。
「飲み物も食べ物も結構売ってるぞ」
「アイスもあるし」
「名物も食べられる」
「本当に?」
私が聞き返すと、兄は力強く頷いた。
「海も綺麗だ。飽きないだろう」
すると、ユリウスさんがさらに笑顔になる。
「桂浜水族館も行こう」
「水族館?」
「面白いぞ」
「アシカもいるし、ウミガメもいる」
「ペンギンも近くで見られる」
私は思わずルークを見る。ルークも少し興味を示しているようだった。




