12-24
午前0時。
黒崎家から帰ってきた私たちは、いつもの時間に夕食を食べた後、配信を付けて、変わらぬ夜を過ごして眠った。そんな中、私は夢を見ていた。それは、ルークが私の守護者として地球へ同行することが正式に決まった日の記憶だった。広い式場には、宇宙連合軍とアルタイル軍の関係者が集まっている。ルークは宇宙連合軍に所属すると同時に、アルタイル軍の指揮官でもある。そのため、直属の部下たちも参列し、厳粛な空気の中で宣誓式が執り行われていた。
これは地球任務へ赴く者に課される特別な儀式だった。宇宙連合軍への忠誠。アルタイル軍への忠誠。そして、命を懸けて地球での任務を全うするという誓い。さらに今回は、もう一つ重要な宣誓が加えられていた。すでに地球へ転生している兄に仕え、その任務を支えること。兄はハトホル所属であるため、その補佐もルークの重要な役目となる。
静寂の中、ルークが一歩前へ出た。胸に右手を当て、真っすぐ前を見据える。その表情には迷いがなかった。
「ルーク・ランズクリイム・ヴェイルは、ハトホル殿にお仕えいたします」
凛とした声が式場へ響く。続いて、宇宙連合軍とアルタイル軍への忠誠、そして、地球任務を命ある限り全うすることを誓った。参列者たちは静かにその宣誓を見守っている。私はその光景を少し離れた場所から見つめていた。これで契約は正式に成立する。私は地球へ転生し、40年間を地球人として生きる。そして、その40年が過ぎた時、ルークは初めて私の前へ姿を現す。それが、私たちの契約だった。
もちろん、その間もルークが何もしないわけではない。必要があれば、私にウォークインし、私の身体を通して行動することも契約に含まれている。けれど、転生後の私は、その存在に気付かない。話しかけられることもない。名前を呼ばれることもない。ただ、守られながら40年を生きるだけだった。
夢の中の私は、その契約書を見つめながら思っていた。40年。あまりにも長い。その間、一度も会話を交わせないなんて。守護者でありながら、ただ見守ることしかできないなんて。それは、あまりにも寂しい。
私はルークの方を見た。彼は迷いなく契約書へ署名している。その姿を見ているうちに、胸が締めつけられた。契約が始まれば、私には彼の存在は分からない。ルークだけが、私を知っている。ルークだけが、私の人生を見守り続ける。
後になって聞いた話では、その40年の間も、ルークは何度もアルタイルにある私の本体のもとを訪れていたそうだ。地球へ転生している間、本体は施設の中で静かに眠り続けている。ルークは、その眠る私に何度も会いに来た。けれど、私は目を閉じたまま。返事をすることもなく、彼の声を聞くこともない。それでもルークは訪れ続けたという。
今になって思えば、それはどれほど孤独な時間だったのだろう。ルークは、こうした経験に慣れていた。以前、ミケーネという人物の守護者を務めていた時は事情が違う。幼い頃から共に過ごし、言葉を交わし、成長を見守ることができた。だが、私の転生では違う。"出会う"までに40年という長い歳月がある。その間、ルークは私のすぐそばにいても、決して名乗ることはできない。
私は夢の中で、そんな未来を思って胸が苦しくなった。寂しい。不安だ。そんな気持ちは確かにあった。それでも、私は自分でその人生を選んだ。幼い頃から守護者の存在を知り、不思議な力に囲まれて生きる人生ではなく、多くの時間を一人の地球人として歩む人生を望んだ。その経験が必要だったからだ。地球で学び、働き、悩み、迷い、自分の力で資格を取得する。そのすべてが、私にとって意味のある時間だった。だからこそ、40年間という長い別れを受け入れた。
夢の中の私は、契約を終えたルークと目が合った。ルークは優しく微笑んでいた。まるで、40年なんて、あっという間だよと言っているように。その笑顔を見た私は、小さく笑い返した。きっと、この時の私は信じていたのだ。40年後、必ずもう一度会えると。
その笑顔を見つめた瞬間、夢の景色がゆっくりと白く霞み始めた。広い式場も、整列していた兵士たちも、壁に掲げられた紋章も、まるで朝霧に包まれるように少しずつ輪郭を失っていく。宣誓の場は静かに終わりを迎えようとしていた。私は胸の奥が締めつけられるような気持ちになった。これで終わってしまう。この夢から覚めれば、また記憶は遠ざかってしまうのではないか。そう思うと、急に寂しさが込み上げてきた。
「待って」
私は思わずルークへ向かって手を伸ばした。指先が届くか届かないかという距離で、ルークが足を止める。そして、静かに振り返った。あの頃と変わらない穏やかな笑顔だった。
「大丈夫」
落ち着いた声が私の胸に響く。
「君は忘れてしまう。でも、僕は忘れない」
私は小さく首を横に振った。
「40年も待たせるのよ」
その時間の長さを思うだけで苦しくなる。人生のほとんどだ。私は地球で成長し、仕事をして、悩み、泣いて、笑って生きていく。そのすべてを、ルークは一人で見守ることになる。私は気付かない。長い間、名前さえ知らない。それが、どうしても申し訳なく思えた。けれど、ルークは少しも表情を曇らせなかった。
「待つことも任務だから」
その一言は、あまりにもルークらしかった。真面目で、不器用で、けれど迷いがない。私は思わず苦笑する。
「そんな言い方をすると、余計に悲しくなるわ」
ルークは小さく笑った。
「悲しまなくていい」
そう言って、ゆっくりと私の前まで歩いてくる。そして、そっと私の頭へ手を乗せた。その手は驚くほど温かかった。まるで今も、本当に触れられているような感触だった。
「君が選んだ人生だ」
ルークは優しく言う。
「君に必要なものだ」
「でも……」
「僕はその時間ごと守る」
私は息をのんだ。ルークは真っすぐ私を見つめている。
「40年後、君は必ず僕を見つける」
その言葉には、不思議なくらい確信があった。約束ではない。未来を知っている人のような口ぶりだった。私は小さく頷く。
「その時は……、ちゃんと名前を呼ぶわ」
ルークは嬉しそうに目を細めた。
「楽しみにしている」
その瞬間、式場全体が眩しい光に包まれた。私は思わず目を閉じる。視界が真っ白になる。遠くから風の音が聞こえる。そして、その風に乗るように、一人の声が私を呼んだ。
「――紫乙」
優しく、懐かしく、安心する声だった。その声に導かれるように、私の意識は静かに夢の世界から離れ、ゆっくりと現実へ戻っていった。




