12-23
私が笑っていると、佳代子さんが楽しそうにこちらへ歩いてきた。
「ルーク君って、本当に面白いわね」
「本人は真面目なんです」
私が苦笑すると、ルークは真剣な顔で頷いた。
「笑わせるつもりはない」
「そこなのよ」
私は思わず肩を落とす。
「あなた、自覚がないでしょう」
「ない」
「でしょうね」
すると、健吾さんまで笑い出した。
「紫乙さんも大変だ」
「ええ」
私は大きく頷く。
「毎日こんな感じなんです」
「失礼だな」
ルークが少しだけ口を尖らせる。
「僕はいつも真面目だ」
「そこは認めるわ」
真面目なのだ。真面目だからこそ天然なのだろう。私はそう思っている。その時だった。ルークが急に私の顔をじっと見つめ始めた。
「な、何?」
「勉強」
「まだ続いていたの?」
「恋人らしさを研究している」
「もう十分よ」
「いや」
ルークは首を横に振る。
「まだ足りない」
「何が?」
「スキンシップ」
私は思わず固まった。嫌な予感しかしない。ルークは私の前へ立つ。
「今さっき、修輔君が一貴君の荷物を持っていた」
「そうね」
「だから」
ルークは私のバッグをひょいと持ち上げた。
「僕が持つ」
「あっ」
私は慌てて手を伸ばした。
「いいわよ。軽いもの」
「恋人だから」
「関係ある?」
「ある」
また真顔だ。佳代子さんがくすくす笑っている。
「持ってもらいなさいよ」
「でも」
私は困ってしまう。普段から荷物は自分で持つ方だ。だから少し照れくさい。すると、ルークが言った。
「昨日のバンジージャンプの施設で学んだ」
「何を?」
「荷物は男性が持つ」
「誰から?」
「飛んでいた人から」
私は吹き出した。
「完全に影響されてるじゃない」
「いいことは真似する」
「でもね」
私はバッグを取り返そうとした。
「これは本当に軽いの」
「軽いなら、なおさら僕が持つ」
「理屈がおかしい」
私たちはバッグを挟んで引っ張り合いになる。
「返して」
「嫌だ」
「どうして」
「恋人だから」
「だから意味が分からないのよ」
私は思わず笑ってしまった。その時だった。
「紫乙さん」
後ろから恵介君が声を掛けてきた。
「なに?」
「そのままだと、どっちか転びますよ」
私は我に返る。確かに庭の芝生の上だった。足を滑らせたら危ない。私はバッグから手を離した。
「もう」
ため息を吐く。
「そこまで言うならお願いするわ」
ルークが少しだけ嬉しそうに笑った。
「任せて」
私はその顔を見て、また笑ってしまう。単純な人だ。そんなことを考えていると、今度はルークが私の歩く速度に合わせて歩き始めた。私が止まると止まる。私が歩くと歩く。まるで影だ。
「何してるの?」
「合わせてる」
「どうして?」
「恋人だから」
私は額に手を当てた。
「それもバンジージャンプの施設で見たの?」
「そう」
まただ。私は思わず笑ってしまう。
「あなた、本当に素直ね」
「いい先生がいる。一貴君も修輔君のそばから離れない」
「確かに」
私は一貴さんの方を見る。修輔君と話している。二人とも自然だった。何も無理をしていない。
「でも」
私はルークを見る。
「真似ばかりじゃ駄目よ」
「そうなの?」
「そう」
「どうしたらいい?」
真剣に聞いてくる。私は少し考えた。
「あなたらしくしていたらいいのよ」
「僕らしく?」
「ええ」
「天然で?」
「そこは少し直してもいいかもしれない」
私が笑うと、ルークは少し考え込んだ。
「難しいな」
「でしょうね」
その時だった。ルークがふと立ち止まる。
「紫乙」
「何?」
ルークは真面目な顔で私を見る。
「昨日、君を守れてよかった」
その一言に、私は息をのんだ。
「え……」
「隕石も」
「……」
「刃物を持った男も」
ルークは静かに続ける。
「どちらも間に合った」
私は昨日のことを思い出した。空が光った瞬間。ルークが飛び出そうとした姿。あの時は何も考えられなかった。
「君に怪我がなくて、本当によかった」
その言葉には冗談がなかった。研究も、天然な発言も、全部消えていた。私はゆっくり笑った。
「ありがとう」
自然と言葉が出た。
「でも」
私は続ける。
「私もあなたが無事でよかった」
昨日、ルークはためらわずに飛び出そうとしていた。私たちを守るために。もし隕石ではなく別の危険だったら、きっと真っ先に向かっていただろう。
「だから」
私は小さく笑う。
「無茶だけはしないでね」
ルークは少し困ったように笑った。
「努力する」
「努力?」
「守護者だから」
「そこは約束して」
「……分かった」
少しだけ間があった。きっと本当は約束したくなかったのだろう。それでも私のために頷いてくれた。 私はそんなルークの腕を、今度は自分からそっとつかんだ。
「今日はこれでいいわ」
「これは?」
「恋人らしいスキンシップ」
ルークは一瞬驚いた顔をした。そして、少し照れたように笑う。
「……なるほど」
その表情を見て、私は思わず吹き出した。
「やっぱり勉強しなくていいわ」
「どうして?」
「そのままのあなたで十分だから」
そう言うと、ルークは嬉しそうに微笑んだ。その笑顔を見ていると、昨日までの不安が少しずつほどけていくような気がした。




