12-18
午前11時。
私とルークは黒崎家を訪れていた。昨日の騒動が嘘のように晴れた空だった。けれど、黒崎家の周囲はまだ慌ただしい。門の前には警備員が立ち、関係者以外の立ち入りを制限している。敷地の中では保険会社の担当者らしき人たちが出入りし、研究者たちも忙しそうに歩き回っていた。隕石が落下した庭の調査は今日から本格的に始まっている。大型の機材も運び込まれていた。
「昨日とはまた違う意味で大変そうね」
私が呟くと、ルークが頷いた。
「しばらく続くだろうね」
私たちは案内され、本家の応接間へ向かった。中へ入ると、見慣れた顔ぶれが集まっていた。
「紫乙さん」
真っ先に声をかけてきたのはユリウスさんだった。昨日は兄の家に泊まったはずだが、もう黒崎家へ戻ってきている。私は思わず笑顔になった。
「おはよう」
「おはよう」
ユリウスさんは少し疲れた様子だったが、元気そうだった。私はほっとする。
「眠れた?」
「少しだけね」
ユリウスさんは苦笑した。
「圭一は夜になっても電話が鳴りっぱなしだったたしい、僕もなかなか落ち着かなくて」
「そうでしょうね」
無理もない。昨日は隕石騒ぎだけではなく、避難や報道対応まであったのだ。
「でも、月島君の家に泊まった方安心だったよ」
そう言って、ユリウスさんは少し微笑んだ。
「一人だったら眠れなかったかもしれない」
その言葉に、私は思わず頷いた。兄も、きっと同じだったのだろう。昨日みたいな日は、一人でいる方がつらい。だからこそ、二人で過ごせてよかったと思う。近くでは佳代子さんと健吾さんも話をしていた。健吾さんの手にはまだ包帯が巻かれている。
「健吾さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ」
健吾さんは笑った。
「佳代子に大袈裟だって怒られているくらいだから」
「だって無理をするんですもの」
佳代子さんがすぐに反論する。そのやり取りを見ていると、昨日の緊迫感が嘘のようだった。元気そうで安心する。すると、夏樹君もやって来た。
「おはよう」
「おはよう」
私が挨拶すると、夏樹君は苦笑した。
「朝から保険会社と研究者とテレビ局の対応で大変だよ」
「そうでしょうね」
「しかも、隕石の話だけじゃないから」
私は思わず笑った。確かにそうだ。黒崎家は有名だ。隕石だけでなく、家族についても興味を持たれている。その時だった。
「紫乙さん」
後ろから声がした。振り返ると恵介君だった。私は思わず表情を和らげる。
「元気そうね」
「はい」
恵介君は微笑んだ。少し前まで記者に追われ、外出もままならなかった人とは思えない。表情がずいぶん明るくなっている。私は自然と彼の隣に立った。
「取材、大丈夫なの?」
私が聞くと、恵介君は頷いた。
「昨日から結構来ています」
「そうでしょうね」
ネットニュースにはすでに名前が出ていた。夏樹君の友人だと。昨日の現場にいた人物だということも。そんな形で紹介されている。
「事務所にも問い合わせが入っています」
「嫌じゃない?」
恵介君は少し考えた。
「前なら嫌だったと思います」
「前なら?」
「逃げていました」
私は黙って聞いた。
「でも、もう隠れる必要はないかなって」
その言葉に私は嬉しくなった。ずいぶん強くなったと思う。
「18日にテレビ出演がありますし」
「そうだったわね」
「本格的に仕事へ戻ります」
恵介君は微笑んだ。
「だから堂々としていた方がいいと思うんです」
私は頷いた。その通りだと思った。実際、昨日も取材陣に対して落ち着いて対応していた。以前の彼なら考えられない。ずいぶん成長したのだ。
「頼もしくなったわね」
私が言うと、恵介君は少し照れたように笑った。その時だった。後ろから聞き覚えのある声がする。
「本当だよ」
振り返ると玲司さんだった。どうやら先ほどまで圭一さんと話していたらしい。圭一さんも一緒にいる。
「玲司さん」
「恵介は頑張っている」
そう言いながら恵介君を見る。その視線が優しかった。恵介君も少し照れている。私は思わず笑いそうになる。本当にこの二人は進展しない。周囲の方がやきもきしているくらいだ。だが、今日は別の話題があった。
「そういえば」
佳代子さんが声を上げた。
「聞いた?」
「何をですか?」
私が尋ねる。すると佳代子さんは嬉しそうに笑った。
「一貴さんと修輔君よ」
その瞬間だった。部屋の空気が少し変わる。私は目を瞬いた。
「え?」
夏樹君が吹き出した。
「もう広まってる」
「だっておめでたいもの」
佳代子さんが言う。そして、私を見る。
「付き合うことになったのよ」
「ええっ?」
私は思わず大きな声を出してしまった。本当に驚いた。
「本当ですか?」
「本当だ」
圭一さんが笑っている。
「昨日の病院で話したらしい」
「そうなの?」
私は目を丸くした。すると、夏樹君が頷いた。
「藤沢も相当心配したみたいだよ」
無理もない。目の前で一貴さんが怪我をしたのだ。しかも、自分を守ろうとして。
「それで?」
私は思わず身を乗り出す。すると、圭一さんが笑った。
「一貴が告白し直した」
「また?」
「また」
部屋のあちこちから笑い声が上がる。一貴さんらしい。何度でも真っ直ぐに伝える人だ。
「それで藤沢が頷いたんだ」
夏樹君が言った。私は胸の奥が温かくなるのを感じた。本当によかったと思う。一貴さんがどれだけ修輔君を大切に思っているか、周囲はみんな知っていた。だからこそ嬉しい。
「おめでたいわね」
私が言うと、佳代子さんが何度も頷いた。
「本当に」
その時だった。玄関の方が少し騒がしくなる。研究者が呼びに来たらしい。圭一さんが立ち上がった。
「また行ってくる」
「大変ですね」
「隕石が落ちるなんて思わない。でも、ベガ中央百貨店の飛来物対応サービスに加入していたおかげか、隕石でけが人が出ていない」
そう言いながら笑う。その表情には疲れも見えたが、それ以上に安堵があった。昨日は本当に大変だった。それでも今日はこうしてみんなで笑えている。怪我人も無事だった。恵介君も前を向いている。一貴さんの恋も実った。隕石は落ちたけれど、悪いことばかりではなかったのだ。
私は窓の外を見た。青空が広がっている。忙しい人たちが行き来している。昨日の騒動の続きのはずなのに、不思議と穏やかな気持ちになれた。きっと、みんなが前を向いているからだろう。私はそっと微笑んだ。本当に良かったと思った。




