3-1 異変
翌朝、12月25日、木曜日。午前6時。
朝、目が覚めると、部屋の中はやけに静かだった。カーテンの隙間から、白い光が差し込んでいる。雪だ。私はゆっくりと起き上がり、カーテンを開けた。
「……わあ」
思わず声が漏れる。一面の白。昨日の夜から降り続いた雪が、街をすっかり覆っていた。車も、屋根も、道路も、全部がやわらかく輪郭を失っている。音もない。まるで、世界だけが切り取られたみたいに静かだった。
「綺麗だね」
後ろから、ルークの声がする。振り返ると、彼はいつものように自然にそこにいた。
「うん……」
私は頷きながら、少しだけ考える。今日、どうしよう。仕事は休みだ。外に出る必要はない。こういう日は、家でゆっくりするのもいい。でも、何かしたかった。
そこで、ふと、スマホのことが頭に浮かんだ。昨日の配信。あの光。コメント欄。
「……ちょっと、見てみる」
私はベッド脇に置いていたスマホを手に取った。通知が――多い。
「え……?」
一瞬、目を疑う。画面いっぱいに並ぶ通知。見慣れない数だった。配信アプリを開く。そして、アーカイブの画面をタップした。
「……なに、これ」
再生数の数字が、明らかにおかしい。いつもの何倍も、桁が違う。コメント欄を開く。流れてくる文字の量に、一瞬、指が止まった。
――「昨日の配信見た?」
――「あの光なに!?」
――「ガチで鳥肌立った」
――「CGじゃないよね?」
――「切り抜きから来ました」
――「初見です」
――「彼氏さん何者?」
「……バズってる」
思わず呟く。ルークが後ろから画面を覗き込んだ。
「バズ?」
「うん……。拡散されてる」
私は別のアプリを開く。SNSだ。検索欄に、自分の名前を入れる。
――出てくる。大量に。動画の切り抜きだ。昨日の光のシーンだ。短く編集された映像に、「謎の発光現象」「配信中に奇跡」「これは何?」といったタイトルがついている。
「……嘘でしょ」
スクロールする指が止まらない。再生数、いいね数、コメント数。全部が、見たことのない数字だった。
「君、有名人になったんじゃない?」
ルークが、軽く言う。
「そんな簡単な話じゃないでしょ……」
苦笑する。コメントを開く。そこには、はっきりと“二つの流れ”があった。
――「すごい!本物じゃない?」
――「感動した」
――「また配信してほしい」
そして――
――「加工でしょ」
――「CG確定」
――「仕込みっぽい」
賛否が混ざっている。でも、それだけじゃない。もっと気になるコメントがあった。
――「彼氏の動き、おかしくない?」
――「あの人、なんか違和感ある」
――「普通の人じゃない気がする」
「……」
私は、画面からゆっくりと視線を外した。
「どうしたの?」
ルークが聞く。
「……ちょっと、面倒なことになってるかも」
正直な感想だった。嬉しい、とは少し違う。もちろん、配信が伸びるのは嬉しい。でも、これは、いつもと違う。
「場所、特定されるとか……、ないよね」
ぽつりと呟く。コメント欄を見直す。
――「この景色、〇〇っぽくない?」
――「近所かも」
「……あるかも」
自分で言って、少しだけ背筋が冷えた。ルークは、しばらく黙っていた。それから、静かに言った。
「大丈夫」
「……何が?」
「僕がいる」
あっさりとした言い方だった。でも、その言葉は妙に安心感があった。
「……そうね」
私は小さく息を吐く。もう一度、画面を見る。フォロワー数が、じわじわと増えている。通知が、止まらない。メッセージも来ている。企業アカウント。知らない名前。
「……やばいかも」
「何が?」
「仕事の依頼っぽいの、来てる」
自分でも少し驚いた声になる。昨日までとは、明らかに違う世界だ。ルークは、少し楽しそうに笑った。
「いいじゃないか。面白くなってきた」
「面白くないって」
そう言いながらも、少しだけ、本当に少しだけ、胸が高鳴っているのを感じた。画面の中で、昨日の自分が笑っている。光が降る。コメントが流れる。そして、今の自分に繋がっている。私はスマホを握りしめた。
「……今日、配信する」
気づけば、そう言っていた。ルークがこちらを見る。
「いいの?」
「うん」
少しだけ、覚悟を込めて頷く。
「どうなるか、見てみたい」
昨日の“続き”を。この先に何があるのかを。私は、画面を閉じて、ゆっくりと息を吐いた。昨日までの私とは、少しだけ違う場所にいる気がしながら。




