12-16
午前7時半。
私はシチューを作り終え、キッチンで鍋の火を止めた。振り返ると、ルークがトースターの前に立っている。今にも焼き上がりそうなパンをじっと見つめていた。シチューを器によそった後、ダイヤルを回すのだと言っていた。そうすれば、ちょうど食べる頃にトーストが焼き上がるらしい。
「ルーク、できたわよ」
「うん」
ルークが振り返る。私はシチューの器を二つ持ち、リビングへ運んだ。具材はたっぷり入っている。じゃがいも、にんじん、玉ねぎ、鶏肉。朝から少し重いかもしれないが、今日は休みだ。ゆっくり食べればいい。ルークも最近は普通に食事をするようになった。以前はほとんど口にしなかったのだから不思議なものだ。
私は続いてサラダを運ぶ。レタスをちぎり、半分に切ったゆで卵とトマトを添えただけの簡単なものだったが、色合いが良く、食卓が明るく見える。テーブルへ並べ終えたところで、ふとキッチンを見る。ルークはまだトースターの前に立っていた。
「座っていたらいいのに」
私が声をかける。すると、ルークは肩をすくめた。
「君ばかりに動いてもらうのは悪いよ」
私は思わず目を瞬いた。
「あら」
「何だ?」
「なんだか今日はしおらしいのね」
ルークが笑う。
「そうか?」
「そうよ」
私は腕を組んだ。
「何かしたの?」
「何もしていないよ」
即答だった。だが、その笑顔が怪しい。ルークは時々こういう顔をする。何かを隠している時だ。私はじっと見つめた。
「本当に?」
「本当に」
「絶対?」
「絶対」
「信用できないわ」
すると、ルークが吹き出した。
「ひどいな」
「昨日もスタンプラリー企画とか言っていたじゃない」
「あれは本当だ」
「まだ言うのね」
私は呆れた。ルークは平然としている。本気で言っている顔だ。だから余計に怪しい。その時だった。トースターが軽快な音を鳴らした。パンが焼けたらしい。ルークが扉を開けると、香ばしい匂いが広がった。綺麗な焼き色だ。ルークは満足そうに頷く。
「成功だ」
「そんなに誇らしそうに言うことかしら」
「重要な仕事だからね」
真面目な顔で言う。私は笑ってしまった。ルークはトーストを皿へ移し、テーブルまで運んできた。そして向かいへ座る。朝日が窓から差し込み、テーブルの上を照らしていた。昨日の騒動が嘘のような静かな朝だった。
「いただきます」
「いただきます」
二人で手を合わせる。ルークは早速シチューを一口飲んだ。そして、満足そうに目を細める。
「おいしい」
「そう?」
「うん」
珍しく素直だった。私は少し嬉しくなる。
「それならよかった」
ルークはさらにスプーンを動かした。よほど気に入ったらしい。しばらく静かに食事をしていたが、不意にルークが言った。
「今日は黒崎家へ行くんだろう?」
「ええ」
私は頷いた。
「お見舞いもしたいし、様子も気になるもの」
気になることはいくらでもある。ルークも頷いた。
「僕も行く」
「もちろんでしょう」
「ついでに隕石も見る」
「そっちが目的じゃないでしょうね?」
「半分くらい」
私は思わず吹き出した。正直な人だ。その時だった。ルークがトーストをかじりながら、どこか楽しそうに笑った。私はその顔を見て、また嫌な予感がした。
「ねえ」
「何?」
「本当に何も隠してない?」
ルークは一瞬だけ目を逸らした。それだけで十分だった。
「やっぱり何かあるでしょう」
「ない」
「今、目を逸らした」
「気のせいだ」
「気のせいじゃないわ」
私が言うと、ルークは観念したようにため息を吐いた。そして、小さく笑う。
「実は」
「ほら」
「今朝、母船から連絡が来た。君がテレビニュースのインタビューに答えている映像が流れるから、君の声を聞いて、知っている人が反応するかもしれない」
私はスプーンを持つ手を止めた。やっぱり何かあったのだ。ルークは相変わらず楽しそうな顔をしている。私は思った。今日は平和な一日になると思っていたのに。どうやら、そう簡単にはいかないらしい。
「誰から連絡が来るの?」
「いろんな人だよ。顔は映っていなくても、案外声で分かるものだ」
「配信で知っている人もいるわよね」
「そうだね」
「まあ、久しぶりに連絡をもらったとして、話せることもそんなにないけど」
そこまで言った時に、スマートフォンが震えた。そして、その表示に驚いて声を上げた。母の携帯番号からだった。母の名前は電話帳から削除してあった。でも、番号に見覚えはあった。着信拒否にしていないのは、もし何かあった時のためだ。
テレビでは、ちょうど隕石落下のニュースが流れていた。私が出ている映像はない。でも、母がニュースを見て駆けてきたのだと察した。私は電話に出るかどうか悩んだ。でも、鳴り続けている。
「はあ。出るわ」
「二年半ぶりだね」
「ええ。もしもし?」
私は電話に出た。肩が緊張しているし、胸もドキドキしていた。また何か言われるかもしれないという怖さもあった。親が怖い年齢ではないが、子供の頃からの刷り込みは消えない。無意識に従ってしまう癖が残っているし、親が正しいなんて思ってしまうところがある。でも、私は一度は親に捨てられた。心地の良い距離間なんて求めていない。いない方がいいなんて思ってしまう。それでも、不機嫌な声は出さないようにした。他人行儀でいいと思った。
『もしもし。紫乙。ニュースに出ていなかった?』
スピーカーから母の声がした。同じ部屋の中には父の声もある。なぜか猫の鳴き声もした。飼い始めたのだろうか。




