12-15
翌朝、午前6時。
私は夢を見ていた。あの夢だ。ここで生まれるときに谷へ飛び下りるときの映像が流れた。夢河師が私の身体を抱きかかえて、強い風の中を私はジャンプした。そして、記憶が遠ざかっていった。
すると、子供の頃の私がいた。部屋の中にいた。兄は小学校に通っており、私はまだ幼稚園に通っていなくて、昼間は一人で遊んでいた。小さいながらもそのことは理解しており、用事をしている母がときどき私のことを見に来て、また家事へ戻っていく。
そんな昼下がり。部屋の中に男の人が現れた。銀色の髪の毛をしていた。長い髪の毛を後ろで束ねていたが、私の前で解いて、長い髪の毛がさらさらと肩に落ちて、綺麗だなと思った。そして、その人は私が抱いているウサギの人形を撫でて、話しかけてきた。でも、何を言っているのかはわからなかった。日本語ではなかったかもしれない。何でも話しかけられたが、私は分からず、首を傾げた。すると、聞いたことのある言語が聴こえてきた。
『Hello, My name is Luke. Do you want to play with me?』
それは、私は通っている英会話教室で話していた言葉とそっくりで、私は理解した。彼がルークという人で、僕と遊ばないかと誘っているのだと分かった。私は頷き、抱いているウサギの人形のほかに、メープルシロップという名前を付けたクマのぬいぐるみを彼に渡して、ままごとを始めようと思った。彼はぬいぐるみを受け取り、微笑み、私の頭を撫でた。そして、スッと消えて、私の身体の中から話しかけてきた。その時、言葉が分かった。英語ではなかった。両親や兄が話している日本語だった。
『紫乙。お兄ちゃんはいつ帰ってくるんだ?』
『夕方。英会話教室から戻ってくるの』
『一緒に行かないの?』
『お兄ちゃんは小学生だから、曜日が違うの』
『そうなのか。晩御飯はシチューなんだね。僕も食べるよ』
『うん。お母さんに言っておくね』
その後、私は母に話に行った。ルークがシチューを食べに来ると。母が首を傾げていた。誰だろうと。そこで夢が途切れた。私は部屋の中で目を覚まして、隣の布団で寝ているルークの寝顔が視界に入っていた。
「まあ、珍しいわ。お母さんが出てくるなんて」
私の両親は健在だ。でも、私も兄も距離を取っている。私が前の職場を退職したことで、自慢の娘ではなくなったと嘆き、私に嫌味を言い、意地の悪い発言を繰り返し始めたことで私は実家にいられなくなり、家を出た。そのことを知った兄が怒り、私のことを東京に呼んだ。両親とは2年半、会っていない。電話もしていない。兄は母から電話がかかってくるようだが、私には詳しい話をしない。ただ、私が東京に来ていて、ファーストコンタクトで働いていることで、両親は少し私のことを見なおし、会いたがっているそうだ。
肩書で人を見る両親なんて、私は会いたくなかった。両親はまだ60代だけれど、将来的に介護が必要になった時にはどうするのかと疑問に思う。兄は私に、『お前は親の介護をしなくていい』と言った。兄のことを捨てたも同然の両親のことを兄が面倒を見させるぐらいなら、私が我慢しようと思っていたのに。
それにしても、私は兄と仲がいいのが幸いだった。同僚の山川さんなんて、両親と不仲の上に、お姉さんとも仲が悪くて、天涯孤独といってもいいぐらいの状況だ。それに、圭一さんの妹の二葉さんの友達のことも思い浮かぶ。志乃さんという。彼女の場合はお母さんに貯金を使い込まれた上に、お兄さんと、お兄さんの奥さんと不仲で、父方の北岡家のおばあさんの財産の相続のことで因縁を付けられて、頭を悩ませている。
志乃さんのお兄さんはお母さんの前の夫との間に生まれた子供で、北岡家の血は引いていない。だが、北岡家から愛情を受けて育った。でも、お兄さんは少し曲がってしまった。今では奥さんがお兄さんのことを動かして、おばあさんの財産をもらおうとしている。志乃さんが跡取りとされているから、何かと意地の悪いことを言い、北岡家から追い出そうとしているのが見え見えだった。お父さんが健在なのが救いだ。でも、おばあさんもお父さんも亡くなった後、志乃さんは孤独になってしまう。どうしたって、お兄さんとの時間が長くなる。身内に味方もいない。それでも付き合わないといけない。
何かと身内を頼るようにされる日本だから、縁は切れないのだ。兄弟というのは、当たり外れが大きいと思う。縁を切れたらいいのになんて思う。家を借りるときの緊急連絡先に身内を指定されるなんてことがある。兄弟と不仲の人はどうするのだろうか。私は今のアパートを借りるとき、兄の事を頼った。兄のことが好きだ。だから、恵まれているのだと思う。
「うーーーん。頭が痛いわ。今日休みでよかった」
私は少し頭痛がして、ベッドの中で息を吐いた。今日は会社に行く日ではない。ただし、黒崎家へお見舞いに行こうと思っている。忙しいと思うが、何かできないかと思う。健吾さんの事も心配だった。それに、今日は玲司さんが遠藤家に訪ねてくるだろう。話ができるといい。
私が頭の中で予定を立てていると、ルークが寝返りを打った。私と意識をつなげているから、さっきの夢を見ていたのだと思う。
「紫乙。おはよう。シチューが飲みたい」
「そうね。今夜はそうしましょう」
「朝がいい」
「いいわよ。材料もあるし、今日は休みだし」
「ありがとう。メープルシロップが夢に出てきたね。懐かしいだろう」
「ええ」
懐かしい夢だった。ルークは本当に訪ねてきてくれたのだろうか。それをルークに聞こうとすると、微笑まれただけだった。また自分で思い出せということなのだろう。私は天井を見上げる。少しずつ。本当に少しずつだ。それでも私は、自分の過去へ近付いている気がした。




