12-14
部屋の中に静かな空気が流れる。ホログラム映像はまだ空中に浮かんでいた。そこに映し出されている名前を見ながら、私は考え込んでいた。ミレイニー・セレスティア・ヴェイル。自分の名前なのに、自分のものではないような気がする。知らない人生。知らない記憶。知らない家族。少しずつ教えられているのに、肝心な部分はいつも霧の向こうだった。私が黙っていると、ルークがこちらを見た。
「そんな顔をするな」
「どんな顔よ」
「考え込んでいる顔」
「考え込むでしょ。だって、あなたはいつも少しずつしか話してくれないんだから」
ルークは苦笑した。
「仕方ない」
「仕方なくないわ」
「いや、仕方ない」
そう言い切られると腹が立つ。私はクッションを抱え込んだ。すると、ルークが突然思い出したように言った。
「でも、利点はある」
「何が?」
「記憶を取り戻すことだ」
私は眉をひそめる。
「利点?」
「ああ」
ルークは真顔だった。嫌な予感しかしない。
「スタンプラリー企画がある」
「……は?」
思わず聞き返した。今、何と言っただろう。
「スタンプラリーだ」
ルークは平然としている。
「記憶を一つ取り戻すごとにスタンプが増える」
「何それ」
「20個たまると景品がもらえる」
私は呆然とした。意味が分からない。
「景品?」
「宝石だよ」
ルークが即答する。
「ヴェイル家から贈呈される」
「……」
「ちなみにミレイニーは参加していた」
私はしばらく言葉を失った。静寂。時計の音だけが聞こえる。そして、私は言った。
「嘘でしょう」
「本当だ」
「絶対嘘だわ」
「本当だ」
「嘘よ」
「本当だ」
まるで子供の喧嘩だった。私は腕を組む。
「信用できない」
「どうして?」
「どうしてって」
私はルークを指差した。
「あなただから」
「ひどい理由だな」
「だって怪しいもの」
ルークは肩をすくめた。私はさらに続ける。
「それにね」
「うん」
「私、宝石に興味ないの」
「知っている」
「だったら、おかしいでしょう。そんなスタンプラリーを楽しみにしていたとは思えない」
そしてふと、あの夢を思い出した。谷へ飛び降りる夢。何度か見た記憶の断片だ。風。空。落下する感覚。切迫した感情。あれは遊びではなかった。少なくとも宝石目当てで飛び込んだ人間の顔ではない。
「谷へ飛び降りる夢を見た時ね」
私は静かに言った。
「そんな楽しそうな人には見えなかった」
ルークが少し黙る。
「……」
「むしろ必死だったわ」
私は続けた。
「だから、宝石がもらえるから頑張りましたなんて話、信じられない」
すると、ルークが大きくため息をついた。
「はあ」
「何よ」
「本当に君は変わらない」
「どういう意味?」
その瞬間だった。ルークが突然片手で額を押さえた。そして、首を振る。
「困ったな」
「……」
「本当に困った」
私は目を細めた。その仕草に見覚えがある。いや、正確には見覚えしかない。私がよくやるやつだ。考え込む時。呆れる時。面倒な時。頭を抱えるふりをする。まさにそれだった。
「……」
「……」
ルークはまだ続けている。わざとらしくため息までついている。私は思った。むかつくと。
「ルーク」
「何だ」
「それ」
「うん」
「私の真似でしょう」
ルークは笑った。認めた。認めた上で笑った。その瞬間、私の堪忍袋が切れた。
「このっ!」
私は手を伸ばした。 ぺしんと、頭を叩いてやろうと思ったのだ。だが、ルークはさっと避けた。私の手が空を切る。
「あっ」
「遅い」
「待ちなさい!」
私は立ち上がる。ルークはソファーの背もたれを越えて反対側へ移動した。
「逃げるな!」
「嫌だ」
「叩かせなさい!」
「もっと嫌だ」
私はクッションを投げた。しかし、避けられる。全然当たらない。
「止まりなさい!」
「君が止まれば止まる」
「そういう問題じゃない!」
私はさらに追いかける。ルークは笑っていた。楽しそうだった。私は本気で腹が立っているのに。
「捕まえたら覚えてなさいよ」
「無理だな」
「どうして!」
「君は昔から遅い」
その言葉に私は固まった。
「……昔?」
ルークも動きを止めた。部屋が静かになる。私たちはお互いを見た。
「今、昔って言った?」
ルークは少し困った顔になる。
「言った」
「私のこと?」
「ああ」
私は首を傾げる。
「昔の私も追いかけていたの?」
「よく追いかけていた。同じように怒っていた」
「……」
「あと5分で諦める」
私は眉をひそめた。
「本当?」
「本当だ」
「覚えてない」
「だろうな」
ルークは少しだけ優しく笑った。その表情を見た瞬間、胸の奥が少しだけ温かくなる。懐かしいような。切ないような。不思議な感覚だった。思い出したわけではない。何も見えていない。でも、ほんの少しだけ、遠い昔の自分が笑った気がした。私はゆっくり息を吐く。
「ねえ」
「何だ」
「今のでスタンプ一個増えたりしない?」
ルークが吹き出した。
「残念ながら増えない」
「じゃあやっぱり嘘ね」
「本当なんだが」
「信じない」
私が言うと、ルークは再びため息をついた。そして、また私の真似をして頭を抱えるふりをする。
「だからそれをやめなさい!」
私は再び追いかけた。ルークは笑いながら逃げる。さっきまでの重苦しい空気は、いつの間にか消えていた。今日はいろいろありすぎた。隕石。事件。怪我人。宇宙船。知らない名前。知らない過去。でも、今だけは、少しだけ笑っていてもいい気がした。




