12-12
19時。
辺りはすっかり暗くなっている。黒崎家の広い庭ではセキュリティーライトが点灯し続けており、研究者たちや警察関係者が今も慌ただしく動いていた。昼間とはまるで違う光景だ。私は門の前で空を見上げた。本当に長い一日だったと思う。
その時だった。夏樹君がスマートフォンを耳から離す。
「カズ兄さんから」
私たちは一斉に振り返った。
「どうだった?」
私が尋ねると、夏樹君はほっとしたように笑った。
「もうすぐ帰ってくるって」
その言葉に胸を撫で下ろす。
「よかった」
「傷は縫ったらしいよ」
病院へ向かった時の一貴さんの姿が浮かんだ。刃物が腕をかすめたのだ。浅い傷だとは聞いていたが、やはり縫合は必要だったらしい。
「大丈夫なの?」
「うん。数針だけだって」
それを聞いて、ようやく胸のつかえが取れた気がした。あの場面を目の前で見ていたからだろう。どうしても気になってしまう。
「健吾さんも?」
「帰れるみたい。消毒と検査だけだったらしい」
それなら安心だ。佳代子さんもほっとしているだろう。ようやく私たちの間にも少し穏やかな空気が戻ってきた。今日は怪我人こそ出たが、命に関わる被害はなかった。それだけでも良かった。
すると、保木君が口を開く。
「男の方は?」
その一言で空気が引き締まる。修輔君を襲った男のことだ。夏樹君は少し考えてから答えた。
「警察が連れて行ったけど、どうして襲ってきたのかはまだ聞いていないよ。藤沢からも事情を聞いているらしいけど。どうやら、最近付きまとっていた男らしいんだ」
私は思わず眉を寄せた。
「付きまとい?」
「うん。前にもそういう人がいたんだけど、その時は警察が対応していなくなったんだって」
私は修輔君の仕事を思い出した。モデルだ。テレビに出ることもあり、ファンになったのだろうか。だからこそ距離感を見失う人も出てくるのだろう。
「でも、また別の人が現れたみたい」
「大変ね……」
本当にそう思う。見知らぬ相手から執着されるのだ。想像するだけで疲れてしまう。夏樹君も難しい顔をしていた。
「気を付けていたんだろうけど。でも、今日は歩いていたから」
その言葉に、みんな黙った。もし車で移動していたら。もし一貴さんがあの場に現れなかったら。そんなことを考えてしまう。けれど、もう終わったことだ。修輔君は無事だった。一貴さんも怪我はしたが、無事だった。健吾さんも。今はそれでいい。
その時だった。本家の方から圭一さんとユリウスさんが歩いてきた。二人とも疲れた顔をしている。無理もない。ずっと騒ぎ続きなのだ。
「終わったんですか?」
私が聞く。圭一さんは苦笑した。
「全然」
即答だった。
「研究者の皆さんが元気で」
それには思わず笑ってしまった。旺星大学。聖アルテマ学園大学。そして、JAXA。隕石が落下したとなれば、興奮しない方がおかしい。
「でも、今日はここまでらしい」
圭一さんが言った。
「明日の朝から本格調査だそうだ」
なるほどと思う。庭はライトで照らされているとはいえ、やはり昼間ほど詳細な確認はできないのだろう。すると、ユリウスさんが肩をすくめた。そして、こっちに歩いてきた兄のことを振り返った。少し困ったように笑った。
「最初はみんなでホテルに泊まろうって話になったんだけど、隆さんに止められてね。僕だけ月島君のマンションに泊めてもらえって。僕はみんなと一緒にいたいんだけどね。こういう時だからねでも、隆さんが、月島君の気持ちを考えろっていうんだ。だから、今夜はお邪魔するよ」
その言葉に私は納得した。恋人同士なのだから、離れるのはやめておいた方がいいだろう思えた。兄だって、来てもらいたいだろう。
「隆さんらしいわね」
「らしいだろう」
圭一さんも笑う。兄も笑った。
「ユリウス君のことは、僕が連れて帰れということだ」
その隣でユリウスさんも苦笑した。
「かえってみんなに気を遣わせる」
「そんなことないでしょう」
私が言う。むしろ今日みたいな日は、みんな一緒にいたかったはずだ。一人になる方が不安だろう。その気持ちは分かる。でも、兄の気持ちも大事だ。
「隆さんの言うことも分かる」
ユリウスさんの言葉に、圭一さんは本家の方を振り返った。
「こっちはこっちで対応しないといけない。明日からも忙しい。ゆっくり休んでもらいたい」
確かにそうだった。警察。消防。研究機関。報道陣。まだまだ対応は続いている。隆さんは今も警察関係者と話していた。黒崎家の主としての責任があるのだろう。兄はユリウスさんの手を引いた。その様子を見て、私は少し安心する。
すると、アレクが腕時計を見た。
「そろそろ帰りましょうか」
その一言で現実に引き戻される。確かにそうだ。私たちも帰らなければならない。朝から出掛けていたのだ。疲れも溜まっている。保木君も頷いた。
「今日は色々ありすぎましたね」
「本当にね」
私も頷いた。人生で一度あるかどうかの出来事が、一日に全部詰め込まれていた。すると、ルークが私の隣へ来る。
「帰ろう」
静かな声だった。私は頷く。
「そうね」
そして、最後に黒崎家の方を見る。ライトに照らされた庭。忙しく動く人影。遠くで光る警備船。まだ完全に終わったわけではない。けれど、少なくとも、みんな生きている。それが何よりだった。




