12-11
18時。
私たちは今も、黒崎家の門の前にいた。時間の感覚が少しおかしくなっている。ほんの数時間前まで、茨城でバンジージャンプを見ていたのだ。車の中でおむすびを食べて、ルークがカメラに向かってお弁当を見せて、視聴者から「おいしそう」と言われていた。それなのに今は、黒崎家の門の前で警察と消防に囲まれている。現実味がなかった。規制線のそばでは取材も行われていた。
さっき、恵介君が遠藤家でお茶を入れてくれた。佳代子さんは健吾さんに付き添って病院へ行ったため不在だったが、恵介君が落ち着いた様子で私たちを家に入れてくれたのだ。
「温かいものを飲んだ方がいいと思います」
そう言って、湯呑みを並べてくれた。その優しさがありがたかった。私は自分の手が震えていることに、その時ようやく気付いた。ルークはいつも通りに見えたけれど、私の隣から離れなかった。保木君は黙ってお茶を飲み、アレクは時々窓の外を見ていた。外ではまだ、警察官たちが慌ただしく動いていた。
その後、私たちは警察から事情を聴かれた。見たままを話した。帽子をかぶった厚着の男を見たこと。修輔君に近付いていたこと。声をかけられた修輔君の様子がおかしかったこと。そこへ一貴さんが車で到着し、二人の間に入ったこと。男が光るものを出したこと。それが刃物に見えたこと。そして、一貴さんと揉み合いになったこと。私はできるだけ順番に説明した。途中で何度か言葉が詰まった。そのたびに警察官は待ってくれた。そして最後に、空のことを話した。
「空が光ったんです」
そう言うと、警察官の手が一瞬止まった。
「どのように?」
「白く光りました。雷みたいに。でも雷じゃありませんでした」
私は自分の記憶を探るように話した。
「数秒後に、ものすごい音がして、地面が揺れました。それから黒崎家の方から煙が上がって……」
そこまで言って、息を吸った。
「アレクが、隕石かもしれないと言いました」
警察官は真剣な顔でメモを取っていた。今思えば、私の説明はかなり奇妙だったと思う。刃物を持った男。その直後に隕石。普通なら混乱して当然だ。けれど、現実に起きている。だから誰もが真剣だった。
黒崎家の敷地内には、次々と人が入っていった。消防の安全確認が進み、火災やガス漏れの危険がないと分かると、今度は研究者らしき人たちが到着した。旺星大学の理学部の教授も到着した。夏樹君が出た大学だ。その名前を聞いた時、私は思わず夏樹君の方を見た。夏樹君は少し複雑そうな顔をしていた。
「まさか、こんな形で母校の先生が来るとは思わなかった」
確かにそうだろう。さらに聖アルテマ学園大学の天文学教授のチームも来た。そして、JAXAの職員だという人たちも到着した。現地調査のためらしい。でも、夕方が近付いていた。3月とはいえ、日が暮れるのはまだ早い。私は、今日中の確認作業は難しいのではないかと思っていた。だが、黒崎家の庭のセキュリティーライトが点灯した。広い庭が明るく照らされる。まるで昼間のようだった。
圭一さんが敷地の中へ入り、研究者たちに説明しているのが遠くに見えた。本家の屋敷は門からはよく見えない。庭が広すぎるのだ。それでも照明の明るさと人の動きで、ただ事ではないことだけは分かった。
「圭一さん、大丈夫かしら」
私が呟くと、ルークが言った。
「大丈夫だ」
「見えるの?」
「気配は安定している」
そう言われて少しだけ安心した。だが、現場はまだ落ち着かない。記者も来ていた。テレビ局の車も見える。カメラを担いだ人たちが、規制線の外から黒崎家の門を撮影している。最初は近所の事故という扱いだったらしい。だが、すぐに報道の内容が変わった。黒崎製菓の創業者一族の邸宅。その庭に隕石が落下した可能性。そして、ディスレクトサイドゼロのボーカル、夏樹君の自宅敷地内であること。その情報が広がると、現場の空気はさらに騒がしくなった。
「夏樹さんは無事ですか!」
「ご家族に怪我人は!」
「隕石は確認されたんですか!」
記者たちの声が飛ぶ。私は眉を寄せた。不安でいっぱいの時に、こういう声を聞くのはつらい。もちろん報道の仕事なのだろう。それは分かる。けれど、家の人たちは今、窓ガラスが割れた屋敷の中にいるのだ。もう少し静かにしてほしいと思ってしまう。
私たちもテレビニュースの取材を受けた。断ることもできたが、目撃者として最低限のことは話した方がいいと言われた。私は顔を映さない条件で答えた。
「空が光って、その数秒後に大きな音がしました」
そう話すだけで、また胸がどきどきした。あの時の爆音が蘇る。地面の震え。煙。一貴さんが男を押さえ込んでいた光景。全部が一度に浮かんでくる。取材が終わった後、私は大きく息を吐いた。そして、玲司さんと電話をしている恵介君のことを見た。落ち着いている。でも、規制線が張られているから、翌日以降ではないと、住人以外はここへ来られない。私たちは目撃者という立場だから、ここにいられるし、いないといけなかった。アパートに帰るのは夜になるだろう。
黒崎家の人たちは今夜はホテルに泊まるそうだ。窓ガラスがほとんど割れてしまい、危ないということも理由だった。でも、研究機関の人たちへの対応もあるから、誰か残らないといけないだろう。そう思っていたら、皆が残っていた。兄とはさっき話ができた。お互いに警察に事情を説明するのが忙しくて、無事なのかすら確かめ合えなかった。でも、大丈夫だと知っているから安心はしていた。
私は思った。今日という日は、きっと忘れられないと。まだ夜は始まってもいない。それなのに、もう一日分どころか、一年分の出来事を経験した気がした。




