12-10
15時50分。
黒崎家の前は、完全に非常事態の様相を呈していた。赤色灯が住宅街を照らしている。警察車両。消防車。そして、救急車。次々と到着した緊急車両によって、辺りは騒然としていた。警察官たちは規制線を張り始めている。
「こちらより先は立ち入りできません。安全確認が終わるまでお待ちください」
近隣住民たちが集まり始めていた。当然だろう。あれほどの爆音だったのだ。しかも、今は煙まで上がっている。私たちは規制線の内側にいたが、それも事情聴取の対象者だからだった。消防隊員たちは黒崎家の敷地へ向かっている。火災の有無。ガス漏れ。建物倒壊の危険。隕石落下地点の確認。次々と役割を分担しているようだった。
その少し離れた場所では、男が警察官たちに囲まれている。ナイフはすでに回収されていた。しかし、男の様子は不安定だった。落ち着いたと思えば突然叫び出す。その繰り返しだ。そして、その近くには一貴さんがいた。右腕をハンカチで押さえている。血が滲んでいた。修輔君がそばにいる。顔色が悪い。それでも懸命に平静を保とうとしているのが分かった。
「一貴さん」
修輔君が言う。
「本当に病院へ行った方がいいです」
「救急隊が確認する」
一貴さんは落ち着いていた。だが、ハンカチにはかなり血が付いている。私には軽傷には見えなかった。夏樹君も同じことを思ったらしい。
「傷、開いているんじゃない?」
「大丈夫だ」
「大丈夫じゃないだろ」
珍しく強い口調だった。それだけ心配しているのだろう。その時だった。男が再び暴れ始めた。
「離せ!」
怒鳴り声が響く。警察官が押さえる。しかし、男は激しく抵抗した。すると、アレクが前へ出て、警察官と一緒に押さえ込んだ。真剣な表情だった。
「落ち着け」
低い声。男はさらに暴れる。しかし、無駄だった。アレクの力は強い。警察官二人とアレクによって押さえ込まれ、ようやく大人しくなった。私は息を吐く心臓がまだ落ち着かない。すると、隣で保木君がしゃがみ込んだ。
「健吾さん」
健吾さんの手を見ている。男を押さえた際についた引っかき傷だった。浅い傷だが血が出ている。
「これ押さえておいて下さい」
保木君がハンカチを当てる。
「ありがとう」
健吾さんが苦笑する。
「大した傷じゃないんだけどな」
「いや、そんなことはないですよ」
保木君は真面目だった。すると、救急隊員が近付いてきた。
「負傷者はこちらですか?」
私たちは振り返る。救急隊員が一貴さんと健吾さんを見る。
「まず腕を見せてください」
一貴さんがハンカチを外した。傷口が見える。思ったより長い。浅いが、数センチは切れているようだった。
「縫合の可能性があります」
救急隊員が言った。修輔君の顔色がさらに悪くなる。
「やっぱり……」
「念のため病院で診てもらいましょう」
一貴さんは少しだけ困ったような顔をした。
「そこまでですか」
「刃物ですから」
救急隊員はきっぱり言った。
「感染症のリスクもあります」
それには反論できなかった。続いて、健吾さんも診察される。
「こちらも病院へ」
救急隊員が言う。
「引っかき傷ですが、消毒と検査は必要です」
佳代子さんが慌てた。
「あなた」
「大丈夫だよ」
健吾さんは笑う。だが、佳代子さんは納得していない。当然だった。今日は色々ありすぎる。
「二人とも救急搬送します」
救急隊員が言った。その言葉に現場の空気が少し変わった。救急車の後部ドアが開く。一貴さんが歩き出した。すると、修輔君が一緒に動く。
「俺も行きます」
その言葉に、一貴さんが振り返る。
「大丈夫だ」
「大丈夫じゃありません」
即答だった。珍しく強い。
「一貴さんは俺を助けて怪我したんです」
修輔君は真っ直ぐ言った。
「だから行きます」
一貴さんはしばらく黙った。そして、小さく息を吐く。
「分かった」
その様子を見て夏樹君が少し安心したようだった。一方、健吾さんの方では佳代子さんが付き添うことになった。
「あなた、本当に大丈夫?」
「大丈夫だって」
「今日は信用できないわ」
それには周囲から小さな笑いが起きた。健吾さんも苦笑する。しかし、その笑いもどこか緊張していた。救急隊員たちが二人を案内する。そして、一貴さんが救急車へ乗り込む。修輔君も後に続いた。健吾さんも別の救急車へ向かう。佳代子さんが付き添う。
ほんの30分前まで普通の日だった。それが今は、こんな状況になっている。私には現実感がなかった。そして、救急車のドアが閉まる。サイレンが鳴る。ゆっくりと動き出した。修輔君が窓越しにこちらを見る。私は小さく手を振った。修輔君も頷く。そして、救急車は走り去っていった。
その姿を見送りながら、私は胸の奥がざわつくのを感じていた。怪我は命に関わるものではない。それは分かっている。でも、胸が痛かった。
その時だった。ルークが空を見上げた。私もつられて見上げる。警備船がまだ旋回している。そして、アレクが小さく言った。
「調査班も来ますよ」
「調査班?」
私が聞く。アレクは黒崎家の方を見る。
「隕石の確認です。研究機関が来る前に空から確認するでしょう」
その言葉に全員が黙った。そうだ。まだ終わっていない。事件も。隕石も。これからが本番なのかもしれなかった。




