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地鳴りはまだしている気がした。身体が震える。その衝撃は別の効果も生んでいた。男が驚いてしゃがみ込んでいたのだ。一貴さんはその隙を逃さなかった。男を地面へ押さえ付ける。
「動くな!」
男が暴れる。だがもう無理だった。修輔君も加勢する。完全に取り押さえられた。私は我に返った。
「警察!」
スマートフォンを取り出す。震える指で110番を押した。呼び出し音。すぐに繋がる。
『はい、110番です』
「事件です!」
私は叫んだ。
『場所を教えてください』
住所を伝える。そして、続けた。
「男の人が刃物のような物を振り上げて知り合いを襲いました!」
『けが人はいますか?』
「今のところ分かりません!別の人が取り押さえています!」
『分かりました』
「それと!」
私は黒崎家の方向を見る。煙はまだ上がっている。
「向かいの家から煙が出ています!」
『火災ですか?』
「分かりません!でも、空が光って、大きな音がして!」
自分でも何を言っているのか分からない。それでも続けた。
「隕石かもしれません!」
電話の向こうが一瞬沈黙した。
『消防にも連絡します。安全な場所へ避難してください』
「はい!」
通話を終える。心臓が激しく鳴っていた。道路では一貴さんが男を押さえ続けている。修輔君も無事だった。だが、黒崎家の方向から上がる煙。あの光。あの衝撃。ただ事ではない。私たちは全員、同じ方向を見つめていた。何が落ちたのか。何が起きたのか。まだ誰にも分からなかった。
男が地面に押さえ付けられている。荒い呼吸。興奮した声。意味の分からない言葉を叫び続けていた。
一貴さんも肩で息をしている。修輔君は少し離れた場所で立ち尽くしていた。その時だった。健吾さんが前へ出る。
「一貴君。僕が代わる」
「頼みます」
一貴さんが短く答えた。健吾さんは男の腕を押さえ込む。そこへ、アレクも加わった。
「僕も手伝う」
男が暴れる。しかし、健吾さんもアレクも体格がいい。二人で押さえ込まれると動けなかった。一貴さんはようやく男から離れる。その直後だった。ルークが近付いた。
「見せろ」
「大したことはない」
一貴さんはそう言った。だが、ルークは聞いていない。破れたスーツの袖をめくる。腕を見る。
「切れている」
私は息を呑んだ。確かに血が滲んでいた。傷は深くないようだが、赤い筋ができている。刃物が当たったのだろう。修輔君の顔色がさらに悪くなる。
「一貴さん……」
「平気だ」
一貴さんは落ち着いていた。
「かすっただけだ」
「でも、血が出ています」
修輔君の声は震えていた。無理もない。もし一貴さんが間に入らなければ、自分が襲われていたかもしれないのだから。その時だった。周囲がざわつき始めた。近所の住人たちが家から出てきたのだ。爆音を聞いたのだろう。
「何があったの?」
「事故?」
「今の音は?」
「煙が出ているぞ」
人が集まり始める。道路が騒がしくなる。私は思わず黒崎家の方を見た。煙はまだ上がっていた。白い煙だ。私は佳代子さんを見る。佳代子さんも同じ方向を見ていた。
「夏樹君……」
不安そうな声だった。私も同じことを考えていた。黒崎家には夏樹君がいる。お手伝いさんたちもいる。
もしかしたら来客もいるかもしれない。もし火事なら――。
「行きましょう」
私が言う。
「ええ」
佳代子さんが頷いた。私たちは道路を渡ろうとした。その時だった。
「待て」
ルークの声だった。私は振り返る。ルークは黒崎家の方を見ている。金色の瞳になっていた。能力を使っているのだと分かった。数秒、静寂が流れる。そして、ルークが言った。
「火事は起きていない」
私は息を止めた。
「本当?」
「ああ」
ルークは頷く。
「燃焼反応はない」
その言葉を聞いた瞬間、全身から力が抜けた。
「良かった……」
佳代子さんも胸に手を当てている。私も同じだった。火事ではない。それだけで全然違う。もちろん何かが落ちたのは間違いない。煙も上がっている。だが家が燃えているわけではない。その事実だけで安心できた。
すると、アレクが空を見上げた。私もつられて空を見る。青空の中に光るものがあった。小型宇宙船だ。
ルークの警備サービスを担当する警備船。昼に見たものと同じだった。宇宙船は旋回していたが、今は明らかに黒崎家の方向へ向かっている。まっすぐだった。
「動いているわね」
私が言う。アレクが頷いた。
「警備対象の周辺で異常事態が発生したからです」
「だから確認に?」
「はい」
アレクは真面目な顔だった。
「状況把握と安全確認です」
その時だった。ルークが小さく目を細めた。
「庭だな」
「何が?」
「隕石が落ちた場所だ」
ルークは黒崎家を見ている。
「建物じゃない」
私はほっとした。庭ならまだいい。もちろん良くはない。だが建物に直撃するよりはずっといい。佳代子さんも安堵の表情を浮かべた。
「夏樹君たちは無事なのね」
「たぶん」
ルークが答える。
「動いている気配がある」
それを聞いて私たちは顔を見合わせた。その時、遠くからサイレンが聞こえてきた。警察だ。消防もいる。音がどんどん近付いてくる。男はまだ健吾さんとアレクに押さえ込まれていた。
「離せ!」
叫んでいる。だがもう誰も相手にしていない。私はスマートフォンを握り締めたまま空を見上げた。警備船が太陽の光を反射している。その姿は不思議なほど頼もしく見えた。たった一日の出来事とは思えない。だが、今日はまだ終わっていなかった。




